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 元気ないねー?と、突然目の前から声がして、名前はひどく驚いた。声の主は、偶然隣の座席に座った葉隠だ。

 演習場が離れた場所にあるからと、この日のヒーロー基礎学はバスで向かうこととなった。蛙吹と座ろうと思っていたのに、気付いた時には彼女の周りは既に埋まっていて、仕方なく空いている席に腰掛けた。その後にやってきたのが葉隠だ。
「別に……そんな事ないよ」
「そう?」
 葉隠が言った。“個性”が透明の彼女は姿がまるで見えず(制服でなく、コスチューム姿だから尚更だ)、その声音から感情を判断するしかない。
 心配してくれているらしい彼女に、名前は笑顔を返した。別に体調が悪いわけではないし、原因は解り切っている。13号との朝のやりとりが、今なお尾を引いているのだ。
 それなら良いけど、と小さな優しい声がした。


「ここはあらゆる事故や災害を想定し、僕が作った演習場です。その名も、ウソの災害や事故ルーム」
 見慣れ過ぎたヒーローが行う説明に、名前は戸惑いを隠し切れなかった。もっとも、今日行うのは救助訓練だと相澤が言った時から、何となく予想はついていたのだが。この授業があったからこそ、彼は朝、ああして改めて尋ねたのだろう。本当にヒーローになりたいのかと。
「えー……始める前に、お小言を一つ」スペースヒーロー・13号は名前達に見せるよう、指を一本立てた。しかしそれは二本三本と増えていき、結果的には四本の指が立っていた。順序立てて話すのは兄の癖だったが、話し始める前にその内容が増えていくのもまた、兄の癖の一つだった。それはどうやら名前が相手の時だけでなく、生徒相手でも同じらしい。「いえ四つ……」
「皆さんご存じだとは思いますが、僕の“個性”はブラックホール」
 13号は自分の“個性”について話し始めた。どんな事でもチリにできるという事、同時に人を簡単に殺せてしまうのだという事。

 彼は決して名前の方を見なかったが、名前は否が応でも今朝のやり取りを思い出していた。ヒーローとして、人として、自分の個性に責任が持てるのか――。
「皆の中にもそういう“個性”がいるでしょう」13号が言った。「超人社会は“個性”の使用を資格制にし、厳しく規制することで一見成り立っているようには見えます。しかし、一歩間違えれば容易に人を殺せる“いきすぎた個性”を個々が持っていることを忘れないで下さい」
「相澤さんの体力テストで自身の力が秘めている可能性を知り、オールマイトの対人戦闘でそれを人に向ける危うさを体験したかと思います」

「この授業では心機一転、人命の為に“個性”をどう活用するかを学んでいきましょう」13号は穏やかに笑ってみせた。「君たちの力は人を傷つける為にあるのではない――救ける為にあるのだと、心得て帰って下さいな」


 拍手が沸き起こる中、隣に立っていた蛙吹がこっそり言った。「素敵ね、13号先生」
「……そだね」名前は小さく呟いた。名前は未だ、13号が自分の兄だとは誰にも明かしていなかった。蛙吹だって、彼が名前の兄と知っているから言ったわけではないのだろう。しかしながら、ヒーロー然として振舞う13号は、確かに名前の目にも格好良く映った。
 しかし、その瞬間だった。名前達の前に、敵の軍団が現れたのは。

「な、何、あれ……」状況を理解すると同時に、名前の中で焦りが広がっていく。
 轟の言葉を鵜呑みにするなら、彼らはオールマイトを殺すために作戦を練り、ここまでやってきたという事になる。勝てる自信があるからこその、奇襲。相澤が敵を引き付けようと真っ只中に飛び込んで行ったが、それでも――気味の悪い悪寒が、体中を駆け抜けていく。
「皆、僕から離れないで!」
 13号の声に、名前はハッとなった。そうだ、今はとにかく逃げないと。雄英の生徒とはいえ、名前達はこの間入学したばかりの一年生。敵の大軍に立ち向かえるような、そんな力は無い。慌てて13号の背を追い掛けるも、彼の行く手を阻むようにして黒い靄のような人影が立ち上った。
「――させませんよ」敵だ。
「初めまして。我々は敵連合」黒い靄はそう名前達に話し掛けた。「僭越ながら……この度ヒーローの巣窟、雄英高校に入らせて頂いたのは、平和の象徴――オールマイトに、息絶えて頂きたいと思ってのことでして」

 膨れ上がった黒い靄のような敵に、爆豪と切島が殴り掛かったものの、そのどちらも通用しなかった。どうやら、攻撃を無効化させてしまうらしい。「生徒といえど、優秀な金の卵――散らして、嬲り殺す」

 一瞬で広がった敵の黒い靄。恐ろしい言葉と共に名前が見たのは、生徒を庇うようにして立つ、13号の大きな背中だった。

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