オールマイトの戦闘訓練があった、その数日後のショートホームルーム。突然の相澤の言葉に、名前達は皆一様に身を強張らせた。まさか、また抜き打ちのテストでは? そしてその結果が悪ければ、まさか除籍処分となってしまうのでは――?
 相澤は静かに言った。「今日は君らに……――学級委員長を決めてもらう」


 学級委員長。その文字通り、クラスをまとめる役目を持った者の事だが、まさか雄英高校にそんなものが存在しているだなんて。高校生としては当然の筈なのに、何やら異様に感じてしまうのは、今までの体力テストやヒーロー科の実技授業が慣れないものばかりだったからだろうか。
 相澤の言葉を受けて、クラスメイト達は皆次々と手を挙げていく。ヒーロー科として最高峰である雄英高校では、生徒達もトップを目指す者ばかりということだ。名前も小さく手を挙げ、相澤の指示を待った。
「オイラのマニフェストは女子全員膝上30センチ!」そう言い切ったのは峰田実だ。
 しかしながら、突然の背後からの大声に、名前はびくりと身を震わせた。「静粛にしたまえ!」
 恐る恐る振り返れば、そこに居るのはもちろん飯田で、彼は見惚れるほどにまっすぐと手を挙げながら、「「やりたい者」がやれるモノではないだろう!」と言い放った。「周囲からの信頼あってこそ、務まる聖務……! 民主主義に則り、真のリーダーを皆で決めるというのなら、これは投票で決めるべき議案!」
「聳え立ってんじゃねーか! 何故発案した!」
 切島のもっともな突っ込みに、名前は微かに苦笑を漏らした。

 しかし結局、学級委員長の座は投票で決まることとなった。時間内に決まれば何でも良い、とは相澤の言だ。そのまま寝袋に入り始めた辺り、どうやらあれこれ指図する気はないようだ。合理的というか、何というか。
 ――そして投票が終わり、開票の時間となる。奇しくも切島が言った通り、名前を含めた殆どの者が自分自身に票を入れたようで、黒板に同級生の名前がずらずらと書かれる異様な光景が出来上がった。しかし、複数票を取っている者も当然居るわけで。
「僕三票――!?」
 緑谷の驚嘆の叫びは、教室中に響き渡った。


「そういえば朝の委員決め、学級委員長が緑谷ちゃんになるなんて意外だったわ」手製の弁当を食べながら、ふと思い出したように蛙吹が言った。内心で頷いていた名前だったが、彼女の次の言葉に思わず咽込む。「穴黒ちゃんが一票入れたの?」
「な、何でそう思ったの!?」
 ぎょっとして尋ねれば、蛙吹は小さく「ケロ」と呟いた。落ち着こうとして水を飲んだ名前だったが、それが間違いだった。「だって穴黒ちゃん、緑谷ちゃんの事好きじゃない」
 ぶっ、と水を噴出させた名前に、当の本人は「汚いわ穴黒ちゃん」と眉を顰めた。
「えっ、何々、穴黒、緑谷のこと好きなの!?」
「食い付き良い!」
 わっと目を輝かせた芦戸に、思わず名前はそう叫んだ。
「違うの?」蛙吹は首を傾げた。
「ちがっ……事も無い、けど……」
「どっちなの」
 好きか嫌いかと問われれば、そりゃ、好きと答えるに決まっている。何せ同じクラスメイトなのだから。

 興味津々といった体で覗き込んでくる芦戸と、本当に純粋な好奇心から知りたいらしい蛙吹。二人の友達に気圧され、名前はぼそぼそと話し始めた。自分でも顔が赤くなっているのが解る。
「す、す、す、好きか嫌いかって言われたら、そりゃ、す、好きだけどお……」
 やっぱり好きなんじゃん!とテンション高く応える芦戸に、名前は否定を返す。「そ、そういうんじゃなくって……!」
「そういうのってどういう事? 恋愛対象でって事?」
 冷静に尋ねてくる蛙吹に、小さく頷く。
「緑谷くんは、その……」名前は言葉に詰まった。「その……」


 名前は顔を上げた。蛙吹と芦戸、どちらもひたむきにヒーローを目指している、将来有望なヒーローの卵だった。しかし、名前はそうではなかった。少なくとも、雄英高校に来るまでは――いや、雄英高校ヒーロー科の、実技入試を受けるまでは。
「――緑谷くんは、私の憧れなの」
 女子生徒を救う為、自らの危険も顧みず、0ポイントのロボに立ち向かった緑谷――名前はその姿を見た瞬間、強く思ったのだ。あんな風になりたいと。

「私、本当は、ヒーローになりたいなんて全然思ってなかったの」名前が言った。「あ、でも今は違うよ。今は、ほんとにヒーローになりたいし……この間の戦闘訓練、梅雨ちゃんに敗けて、すごく悔しかった」
「勝ったのは穴黒ちゃん達だけどね」蛙吹が訂正を入れた。「それで?」
「入試の時、私、緑谷くんと同じ会場で……入試の最後、大きいロボットが現れたでしょ? みんな逃げたんだけど、あの時麗日さんが転んじゃって……だいぶ危なかったのね。潰されそうになってた。でも、緑谷くんが一目散にロボットに向かってったの。わざわざライバルを助けるようなことしなくて良いし、ポイントが無いって解ってる筈なのに」
 名前は静かに言った。「緑谷くんみたいになりたいって、そう思ったの」

 二人は真剣にヒーロー目指してるのに、何かふわふわした理由でごめんねと、名前は謝った。
「……知ってたわ」
 蛙吹の言葉に、名前は目を丸くする。「し、知ってたの?」
「知ってたというか、何となく解ってたわ。穴黒ちゃん、熱意というか、野望みたいなのがさっぱり感じられないんだもの。凄い“個性”持ってるのに、全然自分に自信が無いし」
 凄くなんて、と口籠った名前だったが、蛙吹が「凄いわよ」と有無を言わさない口調で言った為、それ以上は何も言えなかった。
「この子はただ、成り行きで来てるんだろうなあって思ったわ。雄英は学費も安いしね」蛙吹の言葉に、名前は俯く。「ただ……今の穴黒ちゃんが本気でヒーローになろうとしてることだって、私は知ってるわ」
 名前が顔を上げると、蛙吹はにっこりと笑っていた。「次は敗けないわよ、名前ちゃん」
「……私も、敗けないよ」
 微笑み合う二人の隣で、芦戸は一人腕を組み、「青春だな〜」と頷いていた。――この日、校内に何者かが侵入するという事件が起こったものの、正体はただのマスコミだったことが判明した。その際に生徒を上手く誘導できたということで、緑谷に代わって飯田が学級委員長になったり、他の生徒達がどの委員会に属するかが決まったりもしたが、圧倒的な脅威が雄英に迫っているだなんて、この時は誰も気付いていなかった。

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