対敵を想定した、屋内対人戦闘訓練――五階建ての小さなビルが戦いの場となり、対戦する二組以外は同ビルの地下、モニタールームでその様子を観戦することとなった。
 緑谷・麗日組と、飯田・爆豪組の対戦は熾烈を極め、結果的にはヒーロー組が勝利となった。しかしながら、オールマイトは言った。「今回のベストは飯田少年だけどな」

「緑谷くん、大丈夫かなぁ……」
 入試で一位を取っていた生徒――爆豪勝己がビルを半壊させてしまった為、名前達は急遽、別のビルに移って授業を行うことになった。その移動中に漏らした独り言だったのだが、前を歩いていた切島は耳聡く聞き分けたらしかった。訓練中に大きく負傷した緑谷は、先ほど小型搬送用ロボに運ばれ、そのまま保健室に向かったのだ。
「へーきだって。なんたってリカバリーガールが居るんだぜ? 穴黒も入試の時見ただろ、一瞬で治してたじゃんか」
 へーきへーきと笑ってみせる切島に、名前は何となく勇気付けられた。「しっかし男らしかったな緑谷!」
 俺も燃えてきたぜと意気込む切島と、「凄かったよな」と強く同意する瀬呂。「俺らも頑張んねーとな」

 二回目の組み合わせは、Bコンビがヒーロー、Iの二人が敵となり行われた。彼らの戦いは、緑谷達がフルに十五分間を費やしたのとは対照的に、一瞬で片が付いた。Bのペアの内の一人――推薦で雄英に入学したのだという轟焦凍が、ビルを一棟丸ごと凍り付かせたからだ。
 BとIのコンビの四人が帰ってきた後、オールマイトが皆に尋ねた。「今回のMVPは文句無しで轟少年だ。理由の解る人!」
 先ほどの緑谷達の時とは違い、今度はクラスの過半数が挙手をしていた。名前も恐る恐る手を挙げる。指名されたのは、先ほど凄まじいブーストを見せた飯田だった。
「轟くんが素晴らしかったのは、何よりその“個性”の威力、それに尽きると思います! ビル全体を凍らせる技量、そして敵を足止めすることだけに冷気を調節していた事……そのどちらも、最高峰の雄英に相応しいと言わざるを得ません! 核兵器に損傷を与えなかったことも素晴らしい!」
 まだまだ喋りたそうにしていた飯田だったが、オールマイトは途中でそれをやめさせ、生徒達に他に付け足す者は居るかと問い掛けた。飯田には申し訳なかったが、名前はそれで正解だと思ってしまった。彼は話し始めると長いのだ。そして、次に当たったのは何と名前だった。
「ええと、飯田くんとも重なるところもあるんですけど……轟くんが凄かったのは、仲間の障子くんを巻き込まないようにした事だと思います。あのままやってたら、多分、障子くんも凍ってたと思うし……」
「そう、穴黒少女の言う通り!」オールマイトは名前に向け、にっかりと笑ってみせた。「轟少年は自分の“個性”の限界を知っているからこそ、ああして正しい判断ができた! また、障子少年を巻き込むかもしれないと、そういう状況判断も的確だったわけだ!」
 仲間や市民を災害や敵退治に巻き込まないよう配慮するのは、ヒーローとして基本だぞと付け加えたオールマイトに、名前の胸の中で言い知れない誇らしさが広がっていく。あまり目立つ方ではない名前は、教師に褒められ慣れていなかった。
 オールマイトは二度目の促しをしたが、次に手を挙げたのは、先ほどと同じポニーテールの少女一人だった。
「オールマイト先生も仰いましたが、轟さんの良いところはご自身の“個性”の限界をご存知だったところでしょう。――轟さん、なさろうと思えば、あのビル一つくらい氷漬けにできるのでは?」
 八百万の言葉に、クラス中の視線が轟に集中する。彼は少しの間を空け、「あれくらいならな」と静かに言った。途端にモニタールームの中はざわめきに包まれる。ただでさえ凄かったのに、あれを丸ごと凍らせられるなんて。それから、コホンと小さな咳払いが一つ。
「また、Bペアの二人は役割分担がきちんとされていたこともプラス点でしょう。障子さんが敵の位置を把握し、轟さんが捕縛に努める――反面、Iペアの二人はもう少し工夫を凝らすべきでしたわ。全く見も知らぬ敵相手ならともかく、私達はクラスメイト……この間の相澤先生のテストで、皆の“個性”をある程度は把握できた筈です。確かに、轟さんがビルをそのまま凍らせたことは私も驚きましたが、ヒーロー志願者たる者、敵の“個性”がどこまで威力を発揮できるのか、その最悪の場合を想定しなければなりませんわ」
 八百万の手厳しい指摘は尚も続いた。轟と同じように推薦入学者だという彼女からしてみれば、一般入試で入ってきた名前達には、少々隙が多すぎるのかもしれなかった。「それに、お互いの“個性”をまったく生かし切れていませんでした。確かに葉隠さんの透明を生かし、敵を捜索する、そのアイデア自体は良かったでしょう。しかしそれよりも場所を一点に絞り、Bのお二人がやってきた所を葉隠さんが奇襲を掛け、捕まえる方がより最適だった筈です」
 もちろん轟さんの“個性”があるのでそう上手くはいかなかったでしょうが、それでもご自身の“個性”をいかに生かすかは、ヒーローにとってとても重要なことですわと八百万は言葉を結んだ。
 オールマイトが「そうだな……!」と言い(心なしか悔しげだった)、三度目のくじ引きとなった。

「――さあ次だ!」オールマイトが言った。「切島少年、瀬呂少年、穴黒少女は地上へ! 常闇少年と蛙吹少女は五分後に出発だ!」


 張りぼての核兵器の前で三人、これからの戦闘をどうするか、それぞれ案を出し合った。名前達は敵組、蛙吹達はヒーロー組だ。ルール的にも敵組が有利だったのに、人数的にも敵組が優位に立ってしまった。仲の良い蛙吹と戦うことになってしまったことも気が引ける。――それでも、これは授業だ。手は抜けない。
 Plus Ultraだ、頑張って梅雨ちゃん。心の中でエールを送る。
「そういや、ちゃんと自己紹介してなかったな」瀬呂が言った。
「俺は瀬呂範太。“個性”はこれ――」瀬呂は自身の腕から、細長いビニールテープのようなものを出現させた。そのテープのようなものの先がぺたりと地面に引っ付く。「――テープってんだ、見たまんまだけどよ。こうやって、肘からテープみてえなのを伸ばせるのが俺の個性」
「セロハンテープじゃあねぇのな?」切島が笑いながら問うと、瀬呂は若干棘のある声で「これ、くっついたらなかなか取れねーからな!」と言った。
 どのくらい伸ばせるのかと尋ねれば、キロメートル単位で射出できるのだという。ただ、生成には自身の保有する成分を使う為、無限に伸びていくわけではないらしい。
「俺の個性は“硬化”。こうやって――」切島の言葉と共に、彼の右腕が岩石のように変化していく。「――自分の身体を固くさせられんだ。ま、対人戦には持って来いって感じかな」
 瀬呂と二人、彼の腕に触らせてもらえば、確かに質感も岩のようだ。切島が言うには、硬化した皮膚はあまり痛みを感じないのだとか。触覚も鈍るんだけどなと切島は笑った。

「えーっと、私の“個性”は加圧って言って、手で触ったものに圧力を掛けられるの。物を潰すのとか、壊すのとかなら結構得意、かな」
 二人分の視線を感じ、名前は何となく口を閉ざした。“個性”に引かれるのは慣れていた。やがて、瀬呂が言った。「何だ、握力増加じゃなかったのか」
「すげーな穴黒、そんな“個性”でどうやったんだ?」
「え? ど、どうやった、って……?」
 切島の問いに、名前は動揺した。何のことを尋ねられているのかさっぱり解らなかった。入試の時のことだろうか。しかしながら、彼は「握力測定ん時だよ」と言葉を付け加える。
「あれは、こう、測定器の握るとこに負荷をかけて」
「すげー……」感心したように切島が言った。「よくそんな器用な使い方できたな」
 唐突な賛辞に、今度こそ名前は動揺する。そんな事、と否定しても、切島は取り合わなかった。瀬呂は瀬呂で、あの測定器2トンまで測れたらしいぜ、穴黒すげーな!と別方向から褒めてくる。
「最低2トン圧力掛けれるってなると、相当色々できんな」
「まービルぶっ壊すわけにはいかねーけど……すげー羨ましいぜ、俺なんかセロテープだもんよ」
 勝手にあれはこうだこれはああだと話し始めた二人に、名前は訳が分からなかった。今までは散々、使い道のない“個性”だとか、ヒーロー向きじゃない“個性”だとか言われてきたのに。良い“個性”だなと笑う切島達に、名前は俯き、小さく「ありがとう」と言うしかなかった。


 対蛙吹・常闇の作戦が出来上がった時(瀬呂は蛙吹と仲の良い名前に、彼女の“個性”がどんなものなのかを聞こうとしたが、切島が「アンフェアなんて男らしくねーぜ!」と言い張った為、結局名前達はHペアの“個性”を考慮しないままに作戦を立てた。もっとも“考慮しない”とは言っても、相手が蛙吹や常闇でなくとも対応できるような、いわば仮想敵を相手にしたものではなく、自分達の“個性”を一番生かす作戦となっている)、時を同じくしてオールマイトの合図が響き渡った。こうして、名前の初めての対人戦闘訓練は幕を開けた。

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