雄英高校のヒーロー科では、午前中に一般教養科目の授業が行われ、主に午後から専門科目が取り扱われることになっている。出席番号が近く、気付けば共に行動するようになっていた芦戸三奈は、「午後イチの授業、楽しみだねー!」と、いささか興奮気味に口にした。
 講師は皆プロのヒーローということで、必修の一般科目がどうなるのか若干の不安を感じていた名前だったが、何てことはない、普通の授業だった。むしろ、雄英高校自体の偏差値が高いせいか、授業内容は難しめに設定されているらしい。プレゼント・マイクやセメントスといった、見知ったヒーローの面々が教壇に立ち、関係代名詞やら登場人物の気持ちやらを論じているのは、少しばかり妙な心地がした。
「そうね、私も楽しみだわ」
 蛙吹の言葉に名前も内心で同意しつつ、親子丼に口へ運ぶ。彼女のように、自分でお弁当を作った方がいいだろうかと、そんなことを思ってしまったのは内緒だ。「他のクラスの人達が言ってたんだけど、オールマイトの授業、私らが最初なんだって!」
 そう言って、楽しみだねー!と再び笑った芦戸に、今度こそ名前は頷いた。

 午後一時二十分。始業のベルが鳴り響き、ヒーロー科一年A組の生徒達は皆席に着きながら、今か今かとその時を待っていた。そしてその少し後、“平和の象徴 オールマイト”が普通にドアから現れ、第一回目のヒーロー基礎学は開始された。
 銀時代のコスチュームに身を包んだオールマイトは、今日は戦闘訓練を行うのだと名前達に告げた。
「せ、戦闘訓練? いきなり?」
 わっと盛り上がった教室の中、名前は思わずそう呟いていた。“個性”をまともに使ったのだって、この間の個性把握テストや、さもなければ入試の時が初めてなのに、いきなり対人戦闘訓練だなんて。蛙吹も珍しく驚いたのか、「大丈夫かしら……」と小さく呟いた。
 オールマイトの合図と共に、窓側の壁から四つの収納棚が現れる。中に入っていたのは、個々人に合わせて誂えられた戦闘服だ。オールマイトは各々それに着替え、グラウンド・βに集まるよう指示した。

 ロッカールームで戦闘服に着替えたものの、もっとちゃんと要望を書いておけば良かったと、名前は軽く後悔した。“個性”については記入しておいたので(名前の“個性”は手が触れることで発動するのだ)、それを補助する為に肩から手の先まで丸出しなのは仕方ないとして、こんなにピチピチのスーツが届くとは思わなかった。
 先に着替え終えていた蛙吹は、名前が戸惑っているのを見て「気に入らないの?」と首を傾げた後、「ヒロインのコスチュームなんてそんなものよ」とあっさり言った。そんな彼女の戦闘服は、水中戦を考慮しているのだろう、ウェットスーツになっている。緑と黒を基調としたデザインに、黄色の差し色が蛙のようで愛らしい。
「それに葉隠ちゃんを見て。全裸よ?」
「全裸じゃないよ!」名前達の会話を聞き付けたのか、葉隠透が声を張り上げた。「手袋もつけてるし、靴も履いてるかんね!」


 グラウンド・βでは既にオールマイトが待っていた。1−Aの生徒が全員集まると、オールマイトは咳払いをし、それから笑った。「良いじゃないか皆、カッコイイぜ!」
 戦闘服に着替えた同級生達も、その大半が誰が誰なのか判別することができた――ヒーローは素性を明かさないものと言っても、必ずしもそうではない。芦戸や砂藤のように顔の一部分だけ隠す者も居れば、蛙吹のように殆ど顔を出している者も居る。しかしながら、顔全体を隠している者も少なからず居るわけで。
 名前は斜め前に立っている生徒が誰なのか、その生徒が話し始めるまでさっぱり解らなかった。
「先生! ここは入試の演習場ですが、また市街地演習を行うのでしょうか?」
 右手で挙手をし、ハキハキとそう言った彼は、恐らく飯田だろう。オールマイトは首を振り、今からは屋内での対人戦闘訓練を行うのだと言った。彼曰く、統計的には屋内の方が凶悪敵出現率は高いのだとか。オールマイトは再び咳払いをした。「このヒーロー飽和社会、真に賢しい敵は屋内に潜む!」

「君らには、これから「敵組」と「ヒーロー組」に分かれて2対2の屋内戦を行ってもらう!」
 蛙吹が基礎訓練が無いまま実践で試しても良いのかと尋ねたが、オールマイトは笑い、その基礎を知る為に行うのだと言った。入試の時のような壊せば良いロボット相手ではなく、生身の人間、しかもクラスメイトが相手だからこそ、自身の個性を“どこまで発揮して良いかが解る”という事らしい。
 数々の質問が飛んだが、オールマイトはそれには答えず、訓練の概要を話し始めた。
 ビルは「敵のアジト」で、「敵組」はその中に「核兵器」を隠しており、それを守り抜くか、「ヒーロー」を捕まえれば勝ちだという事。また「ヒーロー組」は「敵組」の「核兵器」を回収するか、「敵」を捕まえれば勝ちだという事。
「カンペね……」オールマイトを見ながら蛙吹がぽつりと言い、名前も思わず小さく笑ってしまった。

 二人一組ということで、出来れば蛙吹とペアだったら良いなと思ったものの、聞こえてきた緑谷の声には納得せざるを得なかった。それから順々にくじを引いて行き、ついに名前の番となった。書かれたアルファベットは、J。


「おー! ゴリラ女子!」
 よろしくなと笑いながらそう言った男子生徒に、名前の表情は凍り付いた。そしてその言葉の意味を理解した瞬間、今度は顔が赤く染まる。
「ゴ、ゴリラじゃないよ!」
「いや、でもテストの時凄かったぜ? まさかぶっ壊しちまうとはなー!」
 “個性”は何だ? 握力増強系? と尚も笑っている彼に、ゴリラと称された羞恥心と、訂正を入れられない情けなさとで、ますます名前の顔は赤くなっていく。顔は隠れていて見えず、誰なのかは判断できなかったが、似たような揶揄を個性把握テストの時に受けた覚えがあった。助け船を出したのは、同じくJの書かれたボールを引き当てた生徒だ。「女子いじめてんなよ、男らしくねーぞ」
「いじめてねー!」背の高い男子生徒は強く否定した。「てか、おめぇ切島か? かっけぇな!」
「そういうお前は……瀬呂か? 顔わかんねーな!」
 かっけぇだろと笑うフルフェイスマスクの彼は、瀬呂というらしかった。確か、幅跳びで驚異的な記録を出していた男子だ。切島と呼ばれた赤い髪の男子生徒は、名前に向けて「俺、切島鋭児郎」と自己紹介をした。つられて名前も名乗ると、彼はよろしくなと明るい笑顔を見せた。
「ていうか瀬呂も穴黒もJなのか? 二人一組じゃねーの?」
「そりゃ、俺らのクラス奇数だもんよ。どっか三人にならねーと……一人でヒーローやんのは流石につれぇよ?」
 それもそうかと頷く切島に、名前も「一人の組作っちゃうと、どこかのペアが二回やらないといけなくなるしね」と付け足した。授業時間は限られていて、ただでさえ五組もあるのだから、これ以上戦闘の回数を増やせば授業内に収まらないかもしれない。再び頷いた切島に、名前は小さく笑った。

 クラスの全員がペアに分かれたのを見計らうと、オールマイトは新たなくじ引きを取り出した。ヒーロー組と、敵組に分かれる為のものだ。最初はAコンビの緑谷・麗日組がヒーローで、Dコンビの飯田・爆豪組が敵となり、対戦することとなった。

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