寝袋に身を包んだ男性――担任である相澤消太に言われ、名前達がやってきたのは、雄英高校のグラウンドだった。雄英高校の敷地が広いことは元から知っていたし、入試の時に身を以て知っていたわけだが、グラウンドも随分と広かった。サッカー場が二面あるどころか、もしかすると六面ほどありそうだ。その上で野球場や、陸上競技用のトラックなんかも見受けられるものだから、もしかすると東京ドームほどの大きさがあるかもしれない(実際、ドームらしきものも見えていた)。

 相澤は言った。これから、“個性”を把握するテストを行うのだと。当然、名前達は騒然となった。まさか、入学初日に体力テストがあるだなんて。入学式やガイダンスは無いのかと尋ねた女子生徒に、相澤は薄く笑った。ヒーローになるのならば、行事になど構っていられないのだと。
「雄英は“自由”な校風が売り文句。そしてそれは“先生側”もまた然り」
 “個性”を禁止して行う体力テストを相澤は文部科学省の怠慢だと言い、名前達に“個性”を発揮した上でテストに臨むよう指示した。これからの授業を行う上で――ヒーロー科の専門科目は、その殆どに実技が絡んでくる――自分自身、そしてクラスメイトの“個性”を把握しておくことは重要な事なのだろう。
 しかし、いくら何でも「除籍処分」はやり過ぎなんじゃなかろうか。成績が最下位になった者は除籍処分とすると言い放った相澤に非難轟々だったが、生徒の如何も先生の自由という言葉に皆黙り込んだ。そういう理不尽を覆すのがヒーローなのだと、相澤は静かに言った。
「これから三年間、雄英は全力で君たちに苦難を与え続ける。“Plus Ultra”さ。全力で乗り越えて来い」


 入学式やらガイダンスやらを完全に無視したまま、ヒーロー科1年A組の個性把握テストは開始された。出席番号の関係上、名前のペアは蛙吹だった。50メートルを走り終えた後、名前が「蛙吹さん速いね」と口にすれば、彼女は照れ臭そうにはにかみ、それから「梅雨ちゃんと呼んで」と笑った。
「私、個性が『蛙』だから、他の人より運動能力は高いのね」
 それにあっちの子の方が速いわと、蛙吹は名前達の次に走った生徒を指差した。そこに立っていたのは既にゴール位置に立っていた飯田で、3.04という驚異的な記録を出していた。彼の脹脛から蒸気のようなものが上がっていて(飯田の脹脛は何やら筒状をした六つの突起があり、どうやら車のマフラーのようなものらしい)、走ることに特化した“個性”のようだった。
「“個性を生かして良い授業”なんて今まで無かったから、少し新鮮よね」穴黒ちゃんはどういう個性なの?と首を傾げる蛙吹に、名前は僅かに笑うことしかできなかった。蛙吹や飯田の持つような凄い個性を見た後では、自分の個性がひどくちっぽけなものに思えたのだ。飯田や、蛙吹のような“個性”だったら良かったのに。

 しかしながら、名前の虚栄心は次の瞬間にあっさりと崩れ去った。全八種目の内、名前の個性を生かせるのはこれしかなかったからだ。
「……計測不明、と」
 聞こえてきた相澤の呟きに、無性に恥ずかしくなる。名前が恐る恐る握力測定器を差し出せば、彼は「気にするな」と薄く笑った。用意してあったのか、二台目の測定器を差し出す。「左も早よ測れよ穴黒」
 無事に握力測定器を二台ともただのガラクタにし終えると、名前はやんややんやの喝采を浴びた。
「すごいわ穴黒ちゃん」
「ふ、複雑……」
 のっぽの男子生徒に「アンタもすっげえな!」と笑われたり、ポニーテールの女子生徒に何故かじっと見られたり、名前と同じく握力測定で驚異的な数値を立てた男子生徒に親指を立てられたりしながらも、蛙吹にだけは“個性”を説明しておいた。自分の“個性”は圧力を加える、それだけしかできないのだと。彼女は「“それだけ”なんて言うもんじゃないわ」と笑い、次のテストに臨むよう促した。


 結果的に、名前は除籍処分になることはなかったし、その他の誰も雄英を去ることにはならなかった。名前が密かに気に掛けていた彼――緑谷出久も、ソフトボール投げで凄まじい記録を出した為、除籍を免れる次第となった。しかしながら、仮に最下位となった緑谷がヒーローらしい記録を打ち立てていなかったとしても、誰も雄英を去ることにはならなかっただろう。
 “除籍処分”のことを、相澤は生徒の本気を引き出すための虚偽なのだと言った。それが最も合理的な手段であったのだと。どこかほっとしたような、むしろ逆に不安になってくるような、そんな微妙な気持ちになったものの、ともかくも雄英高校の初日は無事に終わりを迎えた。
「変わった先生だったわね」帰り道、隣を歩いていた蛙吹が言った。「除籍がウソで良かったわ」
「穴黒ちゃんはあまり驚いてなかったみたいだったけど、もしかして、八百万ちゃんみたいに最初から解ってた系かしら?」
 穴黒ちゃん?と呼び掛けられ、名前は我に返った。前を歩いていた三人組から視線を外し、蛙吹の方を見る。「ごめん、いま何って?」
「……ケロ」蛙吹が小さく言った。「私、思ったこと何でも言っちゃうんだけど」
「穴黒ちゃんて結構解りやすいのね、って言っただけよ」
「えっ! そうかな、初めて言われたけど……」
 蛙吹はもう一度ケロと呟き、そのまま「明日からも大変そうだけど、頑張りましょうね」と口にした。名前は頷き、「頑張ろうね」と小さく笑った。

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