名前はその話を聞いたとき、まさかと思っていた。しかしスネイプ先生が冗談を言う筈はないし、グリフィンドール生ならば実際やりかねない気がしたのも事実だった。ダンブルドア軍団とかいう巫山戯た集団の首謀者達は、名前の顔を見て固まった。そして名前も、顔に出しはしなかったが心底驚いていた。
 ――まさか、本当に校長室に侵入しようだなんて?
「ふうん……変わった所で会うねえ」名前はにっこりした。
 この廊下の突き当たりは、丁度校長室だ。一体、ロングボトム達はそこに何の用があるというのか。もっとも、名前にはそんな事どうだって良い。
 不審な動きをする生徒が居ないかどうか、見回るようにとスネイプ先生に頼まれたのはほんの少し前だ。あと数分もすれば、スネイプ先生はここへやってくる筈だ。名前は一瞬悩んだが、顔からにっこりを引き剥がした。
「そこの教室に入っていなよ」名前は顎で空き教室の方を示した。「こんな所に居ると、見つかってしまうよ。僕が匿ってあげる」
 名前がそう言うと、ウィーズリーの女の子が一番に反応した。
「何であんたなんかの――」
 彼女が途中で言葉を呑み込んだのは、足音が聞こえてきたからだろう。スネイプ先生に違いない、と名前は確信した。
「ど、どうして君が……?」ロングボトムが聞いた。
「ただの気紛れさ」
 名前は彼の目を一切見ずに、そう言った。彼らは迷った様子を見せたが、他の誰かと鉢合わせするよりは良いと踏んだらしい。名前の言う通り、すぐ近くの教室に入った。

 間一髪、ロングボトムの踵が消えたその瞬間に、曲がり角からスネイプ先生が飛び出してきた。黒いマントがはためいている。肩を上下させているのを見るに、そこら中を探し回ったらしかった。彼は眉を吊り上げていたが、ここに居るのが名前だと解ると、少しだけ表情を和らげた。
「連中は居たか?」
「いいえ」
 名前は悟られないように、母親直伝の閉心術で、ぴったりと心を閉じていた。しかし、全くその必要はなかった。スネイプ先生は名前が嘘をついているなど、露にも思っていないらしい。彼は苛立たしげに髪をかき上げ、憎々しげに舌打ちをした。
「アミカスの奴め……誑かされたのではなかろうな」
「カロー先生が仰ったんですか? 生徒が校長室に侵入しようとしていると?」
「ブリチャードが、ロングボトムらが話しているのを聞いたらしい」スネイプ先生は考えながら言った。
「信用できると思うかね?」
「半々でしょう」名前が言った。「しかし僕なら、教授が居らっしゃらない隙を狙いますね」
 そう付け足すと、納得したらしきスネイプ先生は、違いないと頷いた。
「良いかね名前、もし連中が不審な素振りを見せたら、真っ先に我輩に知らせたまえ」
「解りました、教授」
 名前がきっぱりと答えると、スネイプ先生はマントを翻し、ガーゴイルの向こうに消えていった。螺旋階段を上る音が完全に聞こえなくなるまで、名前はその場から動かなかった。教室の扉を開けて中に入ると、ロングボトム達三人は、全員が名前を見ていた。


 教室のランプは灯っていなかったが、差し込んでくる月光のおかげで視界には困らなかった。名前にはロングボトムの不安顔も、ウィーズリーの燃えるような赤毛も判別する事ができた。
「何を考えているのか知らないけど、もう少し慎重にやるべきじゃないの?」
「あなたこそ何を考えてるの? どうして私達を助けたの?」ウィーズリーだ。
 名前は自分の問い掛けを無視されても、別段苛立ちはしなかった。
「言ったろう? 気紛れさ。でも二度目はないと思いなよ、今日だけだ」
「あ――あなたは、一体どっちの味方なの」
 どっちの、と名前は口の中で呟いた。
「強いて言うならばそうだね、自分が味方したい方に居るのさ。今日君らを庇ってやったのも、本当の事を言えば僕の得になると思ったからだ――そうなるとは限らないがね」
 最後の一言を、名前はまるで独り言のように言った。ロングボトムにも、六年生二人にも聞こえなかっただろう。仮に聞こえたとしても、何の事だか解る筈も無い。もし悟られたら、と名前は内心で自嘲した。
「それじゃあね」
 そう言って名前が背を向けたとき、今までずっと黙っていた女の子が口を開いた。

「ムーディは死んだよ」ラブグッドが言った。「あの人に殺されたんだ」
「――確かか?」名前は振り向いた。
「ジニーが教えてくれたもン」
 突然始まった会話に驚いていたらしく、ウィーズリーはすぐに反応する事ができていなかったが、訝しげな名前の視線を受けて、戸惑いがちに頷いた。名前は少しだけ眉を上げた。
「マッド−アイが死んだだなんて、予言者には一言も書いていなかったけれど?」
「予言者が書く筈ないわ。あの人達が襲わせたんだもの」
 名前はゆっくりと頷いた。きっと不死鳥の騎士団、ポッター関係だろう。
「聞いたことがある」ロングボトムが口を挟んだ。「君、ムーディが好きだったんだ」
 そういう噂が流れていた事を、名前は知らなかった。確かに名前は、マッド−アイ・ムーディが好きだった。彼は自分が死喰い人の息子にも関わらず、他の生徒と同じように接してくれた。名前は彼から色々な事を教わった。
 実際には、名前が四年生だった時に闇の魔術に対する防衛術を教えていたのは、死喰い人であるバーティ・クラウチだった。名前は本物のムーディに会った事はない。しかし、偽物だろうと何だろうと、名前はムーディを尊敬していた。
「まあ――」名前は言葉を濁した。「――そうだね」
「それじゃあ、答えは決まってるんじゃないの?」ジニー・ウィーズリーが言った。「ムーディが死んだ事に、何も思わないの?」
 三人の視線が名前に向いていた。
「――君達が言わんとしている事は解ったけど、僕がそうすると思うの?」
「君は、ただの生徒の一人だ。そうだろう?」ロングボトムが言った。
 名前は思わず、彼の目を見つめてしまった。ほぼ二年ぶりに、二人は顔を合わせた。あのホグズミードでの一件以来、名前はできるだけ、ロングボトムに接触しないようにしていた。わざわざ関わってやる必要はないのだ。彼は彼で、名前に対し、負い目のようなものを感じていたようだった。
 信じられない事だが――名前は一瞬、ロングボトムに気押された。
「僕が君らに協力して、僕に何か得があるっていうのかい?」
「あるよ」
 二人が言葉に詰まった中で、ラブグッドがいつもと同じ、夢見がかった声で告げた。
「みんなに感謝されるよ」
「――良いねえ」名前は小さく笑った。


 数十分後も、名前は彼らと共に空き教室に居た。自分でも、半ば信じられなかった。何がどう転べばこういう展開になるのか、名前はぼんやりと、自分が灯した蝋燭の火を見つめていた。
「レストレンジ、あなた聞いているの?」ウィーズリーが怒った。
「……聞いてない」
 赤毛が小さく横に揺れた。
「ネビルと握手して。それで今日の話し合いはお終いよ」
「はあ?」名前は思わず口走った。「何でこいつと?」
 ウィーズリーは名前が仰天している事に、一切頓着しなかった。
「それは、ネビルが年長だからよ」
 思わずロングボトムの方を見遣ると、彼も僅かながら動揺しているらしかった。
「協定でも何でも良いから、今は手を結ぶの。つまり、あなたは私達と同志よ。ちゃんとした証拠を見せなくっちゃ。なんならハグしてくれたって良いんだけど――今は握手で良いわ。それにこれは、ダンブルドアが言ってたの」
 ダンブルドア、と名前は小さく呟いた。
 迷った様子を見せていたが、ロングボトムが手を差し出した。――まさか、本気で握手しろだなんて言うのだろうか? 名前はこの時初めて、自分が選択を誤ったのではないかと錯覚した。
「ねえ、もう一度聞くけど、彼じゃないと駄目なのかい?」
 イエス、とウィーズリーは両断した。

 名前は仕方なく、嫌々ながら右手を差し出した。
 一瞬握ったロングボトムの手は、思いの外暖かかった。
 二つの手は触れたと思った次の瞬間には離れていた。名前は既に、早くこの場から立ち去りたいと思い始めていた。そして、できれば今起こった事が全て夢だと良いとまで思っていた。
「まあ、及第点ね」ウィーズリーが言った。
「これであなた達は、一切合切を水に流したわ。レストレンジはもうダンブルドア軍団の仲間よ」
「ねえ、前から思っていたんだけど」名前は殆ど放心していた。「ダンブルドア軍団だなんて名前、あんまりじゃないの? よく恥ずかしげもなく名乗れるね」
「それなら、ロングボトム軍団にする?」
「よせよ」二つの声がぴったりと重なって、ウィーズリーは面白そうに笑った。

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