It Serves You Right !

 ひくり、と名前が頬を動かしたのを見たのか、ジニー・ウィーズリーはにやにやと笑った。
「――嫌な女だ」思わず名前は小さく呟いた。
「そう? ケツの穴の小さい男ね」
 ウィーズリーが微笑んでみせるので、名前は更に顔を引きつらせた。
 彼女の後ろにいる女性は、この和やかとは言い難い雰囲気を見て、目を丸くしている。この青年は一体誰なのだろう、と、目がそう言っていた。名前は内心だけで大きく舌打ちし、仕方なく口を開いた。
「初めまして。レストレンジです、どうも」



 七年生になって、名前は自分が思い描いていた通り、首席生徒に選ばれた。監督生になった事がなかったし、クィディッチをやっていたわけでもない為、首席のバッジは名前が初めて貰ったバッジだった。いつもの草臥れた茶色い封筒の中から、輝く銀バッジがころりと転がり落ちた時、名前はそっとほくそ笑んだ。
 それらの事に計算違いが唯一あったとすれば、女子生徒の首席がグレンジャーではなく、レイブンクローのパチルだった事だ。ホグワーツ特急で話した彼女が言うには、自分でもその理由が解らないらしい。ハーマイオニー・グレンジャーが学年一の秀才な事は、周知の事実なのに、と。
 パチルと話しながら、スネイプ教授は確かに依怙贔屓をなさるけど、ここまではしないだろうにな、と名前はうっすら考えていた。グレンジャーがポッターと一緒に学校に戻ってきていないのだと知ったのは、それから数日後の事だった。
「あの忌々しい……ポッターめ!」アミカスががなった。
「ポッター? 彼がどうかしたのですか?」
 名前が尋ねると、アミカスはずいと日刊予言者新聞を突き出した。見出しを見るに、ポッターの文字は見当たらなかった。
「一面のとこだ。一面のとこを読んでみろ」名前は言われた通り、一面の記事を読んだ。
 二日前の新聞だった。名前は予言者新聞を定期購読していたので、二日前に読んだ大見出し記事だった。魔法省官僚の不正の記事だ。二人の魔法使いと魔女がマグル生まれ達の裁判を妨害し、彼らを亡命させたのだ。吸魂鬼の写真が予言者に大々的に載っている事が珍しく、名前はその記事をちゃんと読んでいた。
 しかし今再び読んでも、ポッターとは一言も書いてなかった。
「ランコーン……この人は、あの方に賛成している側ではありませんでしたか?」
「てめえの目は節穴か? 節穴なのか? そこじゃねえ、最後のとこだ」
「『なお、この事件には不審な点が多く見られている。カターモールが二人居たという証言は多く得られており、魔法省執行部が捜査に乗り出す手筈となっている』。まさかこれが、ポッターの仕業だと?」
 名前が問い掛けると、カローは頷いた。
 ポリジュース薬だ、と名前は直感した。ポリジュース薬とは、相手の一部分さえあればその人間にそっくり成り済ます事ができる薬だ。変身魔法を使うという手もあるが、それで誰かに成り済まそうとするのは意外に難しい。同じ人物が二人居たというのだから、それはやはりポリジュース薬を使っての事だろう。

 アミカスが話した事によると、ポッターは仲間二人と一緒に魔法省に侵入したのだという。グレンジャーと、もう一人だ。ハーマイオニー・グレンジャーがマグル生まれ登録に来ていないのだと、アミカスは言った。
「それならもう一人は、ロナルド・ウィーズリーでしょう」
「いや、奴は自宅に居ることが確認されている。黒斑病だそうだ」
「黒斑病? ……それはまた……」
 確かに黒斑病は感染率が高い病気だから、彼が学校に来ていないのも頷ける。しかし、今の時代では治療法がないわけではない。確かにいくらかの金はかかるが、それとも息子を見殺しにするほど、ウィーズリー家は貧しているのだろうか? 名前は少しだけ訝しんだ。
「何故これがポッターだと?」
「奴ら、グリモールド・プレイスに逃げ込みやがった」
 アミカスが一瞬、にやりとして言った。なるほど、と名前は頷いた。グリモールド・プレイス12番地はあのブラック家の屋敷であり、不死鳥の騎士団本部であるとされる場所だった。彼の様子を見るに、そこに入る事に成功したのだろう。アミカスは「ヤックスリーの奴が上手く尻尾を掴んだんだ」と嬉しげに付け足した。
 しかし、彼はすぐにまた、元の不機嫌そうな顔に戻った。
「忌々しい――忌々しい、ポッターめ」あの御方を煩わせやがって、とアミカスは歯噛みした。


 アミカス・カローとの用事を済ませた後、名前は図書室に行かず、寮に戻る事にした。そういう気分だった。寮に降りると、談話室には人は殆どいなかった。遅い時間だし、学校が始まったばかりで、談話室で粘って宿題をやろうだなんて輩は少ないからだ。
 しかしその少ない人数の中、名前は幸運にも、お目当ての人物を見つけた。今度は逃がさないぞと顔に笑みを貼り付け、何気なく彼の隣に割り込んだ。
「やあドラコ、ご機嫌はいかが? ルーン語の翻訳の進み具合はどうかな?」
 ドラコは隣にやってきたのが名前だと知り、びくりと体を震わせたが、クラッブとゴイル、パーキンソンやザビニが居る前で、逃げ出そうとはしなかった。
「なんなの名前、やけに機嫌が良いんじゃない?」
「そう見えるかい?」名前はにっこりした。
 パンジーは少しだけ顔を赤くして、「そう見えるわ」と呟いた。
「悪いのだけどね、少しドラコを借りても良いかな? ルーン語の訳し方で解らないところが有るんだ。彼の意見を聞きたくてね――もちろんドラコ、聞かせてくれるだろう?」
 ドラコは(名前にしか分かりはしなかったが)嫌々と、「ああ」と言った。彼が立ち上がるのを見越して、名前は彼にだけ聞こえるように、小さな声で囁いた。
「僕の部屋でも構わないだろう? せっかく一人部屋になったのだしね」
 ドラコは返事をしなかった。名前は気にせず、四人に手を振ってから歩き出した。

 七年生で首席になってから、名前は一人部屋になった。他の寮がどうだかは知らないが、最下層にある一番広い部屋だった。首席生徒という肩書きは別として、首席になって良かったと思えた唯一の事だった。
 ドラコは黙ったまま名前の後ろを歩き、黙ったままベッドに座り込んだ。初めて入った名前の自室にも興味を示さず、ずっと自分の手を見ている。彼の指が上になったり下になったりと組み替えられているのを名前も暫くの間眺めていたが、やがて名前は口を開いた。
「――もちろん、軽蔑しようとも君の自由だけれどね、僕を避けるのは止めてくれないか」
 ドラコは答えなかった。
「避けるのも――まあ本当は構わないけど――もう少し上手に振る舞ってくれないかな。あからさますぎるよ。君と僕の仲が悪くなったんじゃないかと思われるじゃないか。親戚だろう? 仲良くしている方が良いと思うけどね」緑色のクッションの丸椅子に腰掛けながら、名前は努めて優しく言った。
 ホグワーツに戻ってから、と言うよりも、夏休みの頃からドラコは名前を避け続けていた。視線すら合わさないし、こうして二人きりになって話したのだって、実は六年生の時以来だった。ドラコは緩慢な動きで指から目を離すと、今度はあちらこちらに視線をうろつかせた。

「君――君は……――」ドラコがやっと、口を開いた。
 彼の声を聞くのも久しぶりだった。名前は辛抱強く、彼の言葉を待った。
「――君は平気なのか? あんな事を――?」
「平気かどうかは君の解釈に任せるよ、ドラコ。けど何にしろ、あの人はもう長くなかったと思うよ。闇の帝王に喧嘩を売ったも同然だったしね」
 闇の帝王と聞いて、ドラコはびくりと体を震わせた。名前はそんな彼を見ながら、無感動に足を組んだ。ドラコがあの人に怯えているのは解っていた。


 名前は闇の帝王を怖いと思った事はなかった。しかし同様に、尊いとも思った事もなかった。
「僕はね、ドラコ――」名前が言った。「――君の手が汚れるのは見たくなかったんだ」
 この時初めて、ドラコ・マルフォイは顔を上げた。従兄弟の顔を、名前は久々にまじまじと見た。少しだけ頬が痩けている。自分のそれとは似ても似つかない彼のプラチナブロンドは、叔母であるナルシッサのそれと同じだった。名前は優しく微笑んで言った。
「君は僕の親友だもの、ドラコ」
 ぼろりと、彼のグレイの瞳(これだけは、名前のものも似ている)から涙が零れた。そして名前は再び確認した。自分の杖腕が血で赤く染まったとしても、彼がそうならなければそれで良い。彼は一生、白いままで良い。名前が、彼の代わりになれば良いのだ。
 名前には、ドラコが何故涙を流し続けるのか、理解する事は出来なかった。

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