Ask, and It shall be Given you

 ザビニに聞かれた時に、名前がすぐに答えなかったのは、それを言うわけにはいかなかったからだ。自分が誰を誘いたいのかぐらい、名前には解っていた。しかし名前は普段通り微笑んだまま首を振ったし、上手く話を変えてみせた。例えば――ムーディが大広間で出た食事に、そのまま手を付けて食べ始めるぐらい、有り得ないことではあるが――もしも自分が彼女にダンスを申し込んだならば、今まで積み上げてきた様々なものが全てパーになるだろうと解っていたのだ。
 彼女がせめて、スリザリン生だったら良かったのに。ダンス・パーティの話題が出るたびに、名前はそう思わないではいられないのだった。

 ロン・ウィーズリーが顔を真っ赤にして(名前が見た限りでは、耳まで真っ赤だった)玄関ホールを去っていく時、名前は思わず吹き出した。彼の気持ちは解らないでもなかったが、あれはあんまりだ。声を押し殺して小さく笑っていると、赤毛の女の子が名前を睨み付けて言った。
「あなたって、とっても嫌な人だわ!」
「そう?」
 名前はその女の子がウィーズリーの妹だと知っていたので、どう罵られようと何とも思わなかった。彼ら兄弟に嫌われている事は重々承知だったのだ。名前の取り巻き達がいくらクスクスと笑っても、女の子は少しも怯まなかったので、名前はそこだけ感心した。
 ウィーズリーの妹が兄を追って走り去っていった後、ホールに居る人数も段々と減っていった。どうやらディゴリーは誘いを断って寮に戻っていったようだったし、彼らのやりとりを見物していたギャラリーも減っていたようだった。
 名前は少し考えて、友人達にちょっとだけ待っていてくれと言った。
「シルブプレ、マドモワゼル」
 なあに?と聞き返したフラー・デラクールや、その周りに居た彼女の友人達がクスクスと笑っていたのは、おそらく名前の発音がおかしかったからだろう。名前は確かにフランス語の勉強をしてはいたが、生粋のイギリス人だ。本場の発音など出来はしない。しかし名前は微笑んだまま、フラーにダンスのパートナーになってくれないかと言った。
 集まっていた生徒達は、フランス語で行われている会話の意味は解らなかっただろうが、察しは付いているのだろう、名前とフラーの話し声に皆聞き耳を立てていた。名前は周りの視線など一切気にせず、フラーの返事を待った。
 フラーがやんわりと微笑んで「悪いのだけど……」と言っても、名前はにっこりしたままだった。先程罵られたばかりの名前からしてみれば、こうして優しく断りを入れてくるなんて平気だった。むしろ、こっちの方がずっと良い。
「オーケー」名前は言った。
 貴方が断ってくれて、実は安心しました、と名前はたどたどしいフランス語でそう言った。聞きづらいだろうに、意外にもデラクールは「何故?」と優しく聞き返した。遠目から見ていた印象では、彼女はとても高慢そうだったのだが、今の彼女には侮蔑するような表情は見られなかった。
「僕と貴女が踊ったら、きっと、おままごとみたいに見えますからね」
 名前が微笑んだままそう言うと、フラーと、そしてその友人達はクスクスと笑った。名前が「僕の背があと二十センチ伸びたら、ダンスを踊ってくれますか?」と聞くと、フラーは今度はにっこりと頷いた。
「ボン ソワレ」
「貴方もね。ボン ソワレ!」


 談話室に戻った名前を、ドラコと、そしてノットが待ち受けていた。石の扉から現れた名前に、ノットがすぐさま手招きして自分達の方へと呼んだ。よくよく見てみると、暖炉前の一番良い席だ。
 名前は友人達に先に部屋に戻ると良いと促し、彼らの元に行った。名前が座るのも待たず、ノットは切羽詰まったように勢いよく聞いた。
「ブレーズに聞いたんだけど、君がフラー・デラクールにダンスを申し込んだって本当か?」
 ノットにしては珍しく興奮していた。名前はおかしくなって、つい笑いながら頷いた。ノットがこれほど興奮しているのを見るのは、夏にクィディッチ・ワールドカップで会った時以来だった(名前は叔父のルシウスに、ワールドカップの決勝戦に連れて行ってもらっており、ノットにもその時会った)。
 しかしノットだけでなくドラコまで熱心に自分を見詰めていたので、名前は彼らが、ザビニに玄関ホールでの一件を聞いてから、ずっとその事を話していたのではないかと思った。机の上には宿題だろう羊皮紙の束が置かれていたが、羽ペンはインク壺の中に刺さりっぱなしになっている上、申し訳程度に書かれたレポートも、すっかりインクが乾いている。幼馴染み達は、名前が絶世の美女にダンスを申し込んだ事がまだ信じられないらしく、興味津々で身を乗り出していた。
「聞くけどセオドール、彼から聞いたのなら、僕が彼女に断られたって事も聞いただろう?」
「もちろん聞いたさ」ノットは頷いた。
「聞いたけど、信じられない。名前の誘いを断る女が居るか?」
「信じられないなら、二月の三大魔法学校対抗試合を見ると良い。そこに居るから」
「僕は本気で言ってるんだぞ!」
 ついに声を立てて笑い始めた名前に、ノットはムキになって怒った。

「君、朝ザビニに誰を誘いたいのかって聞かれてたけど……フラーを誘いたかったのか?」ドラコが聞いた。
「まさか」名前は目尻に浮かんでいた涙を拭いながら言った。「話の種になるんじゃないかと思っただけさ。もちろん、彼女がオーケーしてくれたら、それはそれで構わないけどね」
 くつくつと再び笑い出した名前を見て、ドラコと、怒っていたノットも不思議そうに目を見交わした。名前がこれほど笑っているのは珍しいのだろう。もちろん、名前はいつも微笑んでいるよう努めていたが、それとは別の種類の笑いだった。
「それじゃ……――本当に、誰か誘いたい人がいるのか?」ノットが聞いた。
 名前が彼を見ると、ノットは至極真面目な顔をしている。
「ドラコが言うんだ。名前がはぐらかすんだから、誰かを誘いたいんだろうって」
 名前は肩を竦めた。「そう思っててくれても構わないけど」
「何にせよ、名前、クリスマスまではあと一週間もないよ。まさかパーティに行かないつもりじゃないんだろう?」
 ドラコは名前に答える気がない事を察したらしく、そう聞いた。名前は再び肩を揺らした。ダンスパーティだなんて、全く興味が持てなかった。名前にしてみれば、地下室に籠もって魔法薬を煎じていた方がずっと良い。折角の魔法薬学士の肩書きが、無惨に錆び付いてしまうじゃないか?
「そんな事、こいつには関係ないよ。名前は上から下まで選り取りみどりなんだから」
 ノットの言葉にはやけに棘があった。名前が目を丸くすると、ドラコが補足した。
「セオドールはさっき断られたばかりなんだ。『あ、ン……ごめんなさい、セオドール。私、他に行きたい人がいるの』ってね」
「見てたのか!」
 声真似までしてみせたドラコに、ノットの顔がカッと赤くなった。
「見てないよ。聞いてたのさ」
「同じじゃないか!」
 名前は笑いの波がまた押し寄せてきたのを感じたが、グッとこらえ、ドラコの方に顔を向けた。
「ドラコ、君は?」
「パンジーと行くのさ」ドラコが口を開く前にノットが言った。
「良いんだ、ドラコに相手が居たって。名前がパーティに行く気が無いってんなら、僕だってダンスの相手が居なくたって構わないぞ」
 よく解らない屁理屈を、ノットが言った。
「ふうん……パンジーと行くのか――見てろよ、相棒」名前は立ち上がり、ノットの肩をポンと叩いた。
 名前は談話室を横切り、自分と同じ、四年生の女子生徒達の所へ行った。彼女たちはどうやらこれから部屋に戻るところらしく、皆椅子から立ち上がっていた。
「失礼――ダフネ、もし良ければ僕と一緒にダンス・パーティに行かない?」
「……ええ、もちろん、喜んで」
 名前がにっこりと微笑んでそう聞くと、ダフネは頬を薔薇色に染め、すぐに頷いた。きゃあきゃあと彼女の友達が喋り出したのを切っ掛けにして、名前はドラコとノットの元へと戻った。ドラコもノットも、事の成り行きを唖然として見ていた。ノットなんて、口をあんぐりと開けて名前を見ている。
 名前は知り合いの女子生徒に片っ端から声を掛けるつもりだったのだが、ダフネが頷いてくれたのでその手間が省けてしまった。
「ざっとこんなもんだ」
 名前がそう言ってにっこりしても、ノットはまだ固まったままだった。
「……まあ、君もパートナーが出来たって事だな」ドラコが言った。

「――……これだよ」
 やっとの事で口を開いたノットが、小さくそう言った。
「ちくしょう、詐欺だ。名前なんてヒッポグリフに蹴られて死んでしまえ」
 名前が目を白黒させているのも無視して、ノットは男子寮に引っ込んでいってしまった。名前は暫く呆然として、ノットの後を見ていた。何故彼が急に機嫌を悪くしたのか、まったくわけが解らなかった。
「何だい? 『選り取りみどり』だなんて言ったのは彼じゃないか」
「……まあ、セオドールにも色々あるのさ」ドラコがゆっくりと、まるで小さい子に言い聞かせるかのように言った。「頼むから、これ以上彼を刺激するような事を言うなよ。頼むから」
 ノットが突然怒ったのは何故か、どうしてドラコが念を押してまで刺激しないようにと言ったのか、名前が解ったのは、夜に部屋に戻った時、ノットのベッドに不自然に閉められたカーテンを見た時だった。取り敢えず、誰とパーティに行くだとか、ダンスがどうこうだとか、彼の前では言わないようにしようと名前は誓った。

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