Nothing Comes of Nothing

 その日の朝食は、名前は珍しくも、ドラコやクラッブ、そしてゴイルと一緒に食べていた。ドラコがたまには一緒に食べようと、名前を自分の近くの席へと誘ったからだ。名前は何故ドラコが自分を半ば無理矢理一緒に朝食を食べさせようとしたのか、見当も付かなかった。しかし、その理由は梟便の時間に明らかになった。
 大きなワシミミズクが名前の元に降り立った。名前はこのミミズクがマルフォイ家のものだと知っていた。毎朝ドラコの元へと家からの菓子包みやら何やらを運んでいるからだ。ドラコの所へ降りようとして、うっかり間違えたのかと名前は思ったのだが、ワシミミズクは名前を見詰めてカチカチと嘴を鳴らすので、どうやらそうではないらしかった。
 名前はミミズクに括られていた手紙と、一抱えもする大きさの箱を慎重に外した。ワシミミズクは不躾にも名前の皿からベーコンを奪い(勿論、名前は怒ったりしなかったが)、そのまま飛び立っていった。手紙に記されているのは逆さにしてみても叔父と叔母の名で、名前はそれを開封する前に、小包の方を開けた。
「あー……――誕生日か」
 名前がそう呟くのを聞いて、名前の様子を見守っていたドラコの顔が固まった。箱の中に入っていたのはチョコレートケーキで、恐ろしい事にワンホールもあった。
「君、自分の誕生日を忘れてたのか!」
「んー……もうすぐハロウィンだとは覚えていたよ」
 名前がそう言って微笑んでみせると、ドラコはやれやれといった調子で首を振った。名前の誕生日は十月二十四日で、ちょうどハロウィーンの一週間前だった。つまり、今日だ。
 ドラコは彼の母親が、甥っ子である名前に、ケーキを送るだろうと知っていたのだろう。だから朝食を一緒にどうかと誘ったのだ。名前がどんな反応をするのか、見たかったのに違いない。
 名前は『誕生日』というものに対して、別段良い思い出はなかったし、これからだって期待するような出来事が起こる筈もない。自分の誕生日を忘れていたからといって、不思議なことではなかった。

 別封されていたネクタイピンを付けていると、ドラコがわざとらしく名前に言った。
「君がプレゼントを受け取るまで、誕生日を忘れてたって父上に言ってやろうかな」
「よせよ」名前がそう言うと、ドラコは肩を揺らした。
「あら、名前、今日が誕生日なの?」
 後ろを通り掛かったパンジーがそう聞いた。名前は頷いて、それからケーキの方を指し示した。
「ナルシッサ叔母様がケーキを焼いて下さったんだ」
「素敵ね、とっても美味しそうだわ」
「僕の母上が作ったからな」
 ドラコがそう言うと、パンジーはますますチョコレートケーキを褒めた。実の所、彼女は一年の時からドラコにお熱なのだ。
「あなたの誕生日が今日だなんて、知らなかったわ」
「君が知らないのは無理もないよ、ダフネ。名前だって、自分の誕生日が今日だって、さっき気が付いたばかりなんだからね」
 ドラコがそう言うと、パンジーがくすくすと笑った。ダフネ・グリーングラスとパンジー・パーキンソンは、誕生日おめでとう、と名前に口々に言ってから去っていった。名前はパンジーがダフネに意味ありげな目配せをしたことにも、ダフネの頬がほんのりと染まっていたことにも気付いていたが、何の興味も湧かなかった。
「――ナルシッサ叔母様は、僕が甘いものが好きじゃないって、ご存じじゃないのかな?」
 出し抜けに聞いた名前に、ドラコは驚いたようだったが、すぐに答えた。
「さあ」
「去年はショートケーキだったけど、どうして今年はワンホールもあるんだい?」
 名前は箱の中に鎮座するチョコレートケーキを見下ろした。三種類ものチョコレートが使われていて、見るからに美味しそうだ。叔母の料理の腕は確かなので、実際美味しい筈だ。しかし、名前が甘い物が嫌いなのはどうしようもなかった。

 結局、一切れだけ自分の皿に取り、残りはクラッブとゴイルにあげる事にした。彼らは先程から、名前に熱い視線を送っていた。クラッブもゴイルも、名前が甘いものが嫌いだと知っていたし、こうして名前が何かしらお菓子を受け取った時、毎回彼らに横流しをすることを知っているのだ。
「ホラ、君が――ホグズミードに行けないからじゃないかな?」
 ちゃっかりと自分の皿にチョコレートケーキを取り分けたドラコが、小さな声でそう言った。今年から行ける事になったホグズミードに行くには、許可証に保護者のサインが必要だった。名前には保護者となる大人が居なかったので、ホグズミードに行く事ができなかったのだ(仕えている身分である屋敷しもべ妖精では、保護者としてサインする事は不可能だった)。
 名前は、ホグズミードに行けない事に対して、特に何も思わなかった。確かに、多少は悔しいと感じはしたものの、それよりも、皆がホグズミードに行く筈なので、その間を一人で過ごせるという事に対し、愉快さにも似た喜びを感じることの方が多かった。
 思慮深い叔母の事だから、ドラコが言った事は的を射ているのだろうと名前は思った。
「前にも言ったけど、君の許可証に僕の父上がサインしても良いんだよ。父上は君の名付け親なわけだしね」
「ルシウス叔父様にはお世話になっているし、これ以上迷惑は掛けられないさ」
「サインするぐらいで? 気にしないと思うけどね」
 ドラコはそう言ったが、それ以上名前に勧める気は無いようだった。
 ルシウス・マルフォイはドラコの父親であり、名前の叔父に当たる男だった。実際、彼にはよくしてもらっている。事あるごとにパーティなどに呼んでくれるし、先程ドラコが言った通り、名前の後見人は彼だ。両親がレストレンジの家を去る事になった時、名前を引き取ろうと一番熱心に言ったのもルシウス本人だった。
「そういえば――」名前は唐突に思い出した事があった。夏休みに、レストレンジ家に尋ねてきたとある人物についてだ。しかし、やはり聞くのはやめた。おそらくドラコは知らないだろうからだ。
「――悪いのだけど、来年はもっと小さいので良い、って叔母様に言っておいてくれないかい?」
「別に良いけど、名前、考えが足りないんじゃないか? そんな事を言えば母上の事だから、君が遠慮してると思って、更に一回り大きいのを作ってくれると思うよ」
「そう……」この事も、的を射ていると名前は思った。
 ドラコがクスクスと笑い続けるので、名前もばつが悪くなってニヤッと笑った。
「何にしたって、クラッブとゴイルにあげるんだろうけどね、君は」



 去年、そして一昨年の闇の魔術の防衛術の授業は、ひたすら自伝を読んでいるだけだったり、ニンニク臭だらけだったりで散々なものだったが、今年の先生は少し毛色が違った。魔法生物を連れてきて、生徒に実践させて教えるのだ。これが皆に大人気で、瞬く間にルーピン先生は生徒の人気者になった。
 ドラコや彼とよく一緒に居る一部のスリザリン生達は、ルーピン先生を気に入らないらしく、しょっちゅう彼を非難していたが、それは彼の身なりがみすぼらしいからだろうと名前は思っていた。ドラコにしてみれば、ルーピン先生の継ぎ接ぎだらけのローブも、白髪交じりの髪の毛も気に入らないのだろう(彼がグリフィンドール出身で、その寮に対して少し甘い事も要因の一つと思われた)。
 名前も、以前までとは打って変わって、闇の魔術に対する防衛術の授業が好きになっていた。ルーピン先生は教え方が上手だったし、どの生徒にも平等に接した。それに――一番重要な事だが――、ルーピン先生の授業は面白いのだ。
「赤帽鬼はおもに古戦場などに住み着く。それが何故か、ブレーズ、解るかい?」
 生徒のファーストネームを呼ぶ事にも、名前は好感を持っていた。ザビニがレッドキャップについての習性の頁を読み上げている間、名前もジッと教科書の文字を追っていた。ルーピン先生の横には、彼が連れてきた赤帽鬼が入れられている檻が置いてあり、ガタガタと音を立てていた。しかしその喧しい騒音も、名前は気にならなかった。
「ブレーズが説明してくれた通りだ。赤帽鬼はその名の通り、赤い帽子を被ったように頭部が赤い。これは人の血を啜って生きてきたからだと言われている。本当のところは誰も知らないがね。つまり、彼らは血を求めて彷徨うのだ。さて、ここで問題だ。それではどうして、彼らの生息地が北欧に集中しているのか――んー……そうだな――名前、解るかな?」
「はい、先生」名前は返事をし、ゆっくりと口を開いた。

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