Neville's Hoptoad

 対グリフィンドール戦のクィディッチが芳しくない成績だったからか、スネイプ先生はひどく難しい質問をした。クラスの誰もが予想した通り、手を挙げている生徒は少ない。というより、名前とグレンジャーの二人しかいなかった。スネイプ先生はグレンジャーには目もくれず、名前を指名した。
 名前がポリジュース薬についてすらすら答えると、スネイプ先生は満足げに微笑み、「スリザリンに十点」と言った。
 先生がくるりと背を向け、改めてポリジュース薬の講義をし始めた時、名前は不意に、栗色の髪をしたグリフィンドール生と目が合った。ハーマイオニー・グレンジャーだ。グレンジャーは悔しそうに顔を歪ませ、名前を睨み付けていた。名前がにやっと笑ってみせると、グレンジャーは真っ赤になって俯き、唇を噛み締めた。
 ポッターとウィーズリーが睨み付けてくるのを見ながら、名前は愉快な気分になり、ポリジュース薬のページを開いた。



「お坊ちゃまは、近頃とてもお真面目ではいらっしゃらないのでございます」
 屋敷しもべ妖精のパックは名前に向かってキーキー声でそう言い、そして小さく嘘泣きをし始めた。大きな耳がパタパタとはためいている。彼女がそうやってわざとらしく目元を擦ったり、何度もしゃくり上げたりするのはいつもの事で、名前は気にも留めなかった。
 クリスマス休暇で家に帰ってからも、名前はホグワーツに居るのと同じように勉強漬けだった。もしかしたら、同じようにではないかもしれない。家にはホグワーツの図書室に負けないほどの、読み切れない量の本があったし、ホグワーツの城と違い、名前の周りにゴチャゴチャした誰かが居たりはしないからだ。名前は学校でやる勉強に加え、更に色々な事を頭の中に詰め込まなければならなかった。屋敷しもべに言わせれば、それら全てレストレンジ家の当主たるものの心構えという事だ。
 その屋敷しもべ妖精、つまり今名前の脇で嘘泣きをしているパックだが、彼女は名前が思わず余所事を考えてしまうぐらい、本や辞典、膨大な資料に飽き飽きしていたとしても、まだ足りないと思っているようだった。
 パックは数日前、もうそろそろ他の国の言語を勉強し始めるのも良いかもしれないと呟いていた。名前は彼女に見つからないように、コッソリと小さく舌を出すことでそれを我慢した。結局、パックは外国語のレッスンを始めはしなかったが、それも時間の問題だった。
 それもこれも、名前がレストレンジ家の次期当主だからだ。

 名前の両親であるロドルファス・レストレンジ、そしてベラトリックス・レストレンジは、今はレストレンジ家の屋敷には住んでいない。
 父のロドルファスは、レストレンジ家の現当主であり、だから次期当主である筈の名前が、十三才にして既に当主代行という事になっている。もっともレストレンジの姓を受け継いでいる男子は名前一人きりしか居ないので、例えロドルファスが身動きできたとしても、あと十数年もすればレストレンジ家の当主は名前になるのだが。
 今はという表現が正しいのかは、果たして名前には判断がつかなかったが、とりあえず今、名前の家族は家に居なかった。今年のクリスマスも、名前はしわくちゃの屋敷しもべ妖精と二人っきりだ。名前はロドルファスとベラトリックスの顔を、写真でしか知らなかった。
 ――アズカバン。彼らはそこに居た。
 名前が物心着いた時には既に、レストレンジ家の屋敷には幼い名前と、そして初老の屋敷しもべ妖精しかいなかった。孤児同然の名前を引き取ろうという親戚は何人も居た。しかし名前の両親は、それを承知しなかった。彼らは例え名前が一人になろうとも、レストレンジ家の屋敷で暮らすことを望んだのだ。名前はそれに従った。
 レストレンジ家に相応しい魔法使いになれ。それが両親から名前に残された、唯一の教えだった。そして同時にそれは、名前に残された唯一の道だったのだ。

 名前は無意識に、手にしていた分厚い本の後ろの方のページを捲っていた。開いたページに載っている写真には、波打つ黒い海と、そしてぽっかりと浮かんだ小さな島が写っていた。その小島に建っているのはただ一つ、真っ黒い孤独な建物だけだ。名前は暫くそのモノクロ写真を眺め、そしてピシャリと本を閉めた。
 珍しく名前が物を乱暴に扱ったので、屋敷しもべ妖精はウッカリ嘘泣きをやめ、名前の方を見た。
「僕が真面目じゃないって?」名前は聞いた。
「ええ――ええ、そうでございます」しもべ妖精はキーキー声で答えた。
「お坊ちゃまは近頃、事あるごとに頬杖をお突きになり、お勉強ではない、違う事を考えておいでです。とても勉学に集中なさってはおられません。わたくしめは悲しゅう思います。お坊ちゃまはレストレンジ家のご当主になられる御方なのに、それをなさって下さろうとはなさいません」
「なんだい? 学年で一番でも、まだ足りないっていうの?」
「それとこれとは話が別でございます」
 名前は思わず片眉を上げたが、屋敷しもべは薄汚れた目元を擦るのに再び夢中になっていたために、まったく気が付かなかった。灰色に汚れた布巾で、流れてもいない涙を拭う仕草をするパックを見ながら、名前は思い直していた。

 確かに最近、勉強の合間にも余所事ばかり考えていた。おかげで名前は、ガンプの元素変容の法則がどういうものだったかをしっかり理解出来ていなかったし、小鬼の反乱を引き起こした決め手が、杖を持つ事を禁止されているからだったか、それともヤードリー・プラットによる残虐な連続小鬼殺人事件だったかと、混同してしまうのだった。
 学年で一番といったところで、それは男子だけで見た時点でだ。男女を総合して見れば、名前が首席生徒であると言い切る事はできなかった。このままの調子で行けば、五年後に首席になれるかもしれない。しかし、マグル生まれのグレンジャーと、同じ点数だったり、まして彼女に負けるのは癪だった。
 箒が下手くそでもチェスが弱くても気にならない名前が、こうやってムキになるのは珍しい事だった。自分が何故こうも頑張るのか、考えたところで結局行き着くのは、「レストレンジ家だから」という答えだった。
「オッケー、解ったよ。これからは気を付ける」名前が言った。
「それと、参考までに聞くけど、他の国の言語って、例えばどんな言葉を僕に習わせるつもりだい?」
「フランス語やドイツ語、中国語やロシア語などがよろしいかと。スペイン語やイタリア語なども、知っておいて損はないと思います」嘘泣きをしていたくせに、パックはハキハキと喋った。
 名前は頬が痙攣するのを感じたが、僕を過労死させるつもりじゃないのか、という言葉は口には出さなかった。名前がレストレンジ家の当主になることが義務なら、当主候補である名前に仕えることこそ、屋敷しもべ妖精である彼女の義務なのだ。名前がそんな事を言えば、彼女はショックを受け、自殺してしまうかもしれない。もっとも、自殺する権限をも彼女は持っていないのだが。
 名前は再びオーケーと頷き、フランス語の参考になるような本だけ揃えておくようにと甲斐甲斐しい屋敷しもべに伝えた。

[ 760/832 ]

[*prev] [next#]
[モドル]
[しおりを挟む]



×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -