Heir in Lestrange family

 その日、名前はいつものように、屋敷しもべのキーキー声で目を覚ました。低血圧気味なところがある名前は朝に弱く、肌寒くなってきていた事も重なり、一人で起きようとしてもなかなか上手くいかない。簡単な掃除をし、朝食の準備をし、それから名前を起こす。それは家でただ一人の、屋敷しもべ妖精の役目だった。
 枕元に置かれた綺麗に畳まれている服に、名前はのろのろと着替えた。起きたばかりで上手く体が動かないため、それが精一杯の速度なのだ。いつもならばここで、後ろに控えている屋敷しもべが、もっと俊敏になさるようにとキーキー声で注意をする。もしくは、こんな事では偉大なる一族の当主となられる御方としてお相応しくない、とわざとらしく嘘泣きをする。
 しかしその日は、何のお咎めも無しだった。珍しいと思い、名前がその事をしもべに尋ねると、屋敷しもべ妖精は特有のキーキー声で返事をした。今日は名前お坊ちゃまのお誕生日ですから、と。

 階下に降りて食卓に着き、屋敷しもべがあくせくと食事の世話をしているのをぼんやりと眺めているときに、名前はやっとその事を認識した。十一才の誕生日だった。
 誕生日だからといって、別段特別なことが起きる訳ではなかった。食事が終わってからの当主としての勉強は、いつもの通り行われるとしもべは言ったし、名前はそれに対し、いつもの通り頷いた。誕生日だっていうのに。なんて、そんな言葉は次期当主らしく口には出さなかった。
 向こうの部屋の隅に積み上げられている、プレゼントらしき大量の箱の山を興味なさげに見つめつつ、まるでこれ以上不味い物はないという風に名前がオートミールを掬っていると、不意にコツコツという固い音が聞こえた。
 一羽の梟が、窓のすぐ外で名前を見つめていた。
 シェフも兼ねているしもべは厨房へと戻っていたようだったので、名前は仕方なく立ち上がり、窓を開けてやった。梟は部屋の中に入ってきて、名前の席の隣の椅子にフンワリと舞い降りた。名前は括り付けられている手紙を受け取ると、そのままそこに居ろと梟に向かって何気なく命令した。すると、おかしなことに梟は重々承知だといった具合で、飛び立とうとはしなかった。
 いったい、こんな朝早くから僕に何の用なんだ? 名前は考えた。誕生日祝い? 遅れてる。他の連中のはもうとっくに届いてるっていうのに。もしかして両親から? 名前は自嘲した。ありえない。そんな妄想はウンザリだ。
 名前は小汚い、その封筒を見遣った。緑色のインクで、名前の住所と名前が記されている。驚いたことに差出人の名は記されていない。紫色の蝋で封がされていて、その蝋にはHの文字を四匹の動物が取り囲んだ紋章が入っている。ライオン、鷲、穴熊、そしてヘビだ。
「――ホグワーツ?」名前は小さく呟いた。



 十一才の誕生日が来てからの一年は、すぐに過ぎ去っていった。名前は知らず知らずの内に、ホグワーツへ行く事を楽しみにしていたのだ。家の中に閉じこもっていたところで、楽しい事は一つも無いからだ。
 しかし性悪の屋敷しもべ妖精が見送りの際、今日はさめざめと泣いていた。名前はそんなしもべを初めて見た。いつも、名前が偉大なる一族に相応しい行動をして下さらないだとか言って嘘泣きをするのに。クリスマスぐらいは。休暇の時ぐらいは、陰気くさいこの家に帰ってやろうと名前は思った。
 名前はキングズ・クロス駅に一人で行く事が出来た。思いの外、一人だけで来ている生徒――しかも、一年生だ――は居ないようだった。名前の従兄弟のように、両親と共に来て、彼らに見送られる、そんな生徒が大半のようだった。名前は彼が母親に優しくキスされているのを、彼の後ろで見ていた。
「あなたもよ、名前。元気でいてね」
 叔母が優しく微笑んだ。そして彼女は自分の息子にしたように、名前の額にもふんわりとキスをした。


 真っ赤なホグワーツ特急は、すぐにホグワーツへと生徒を連れて行った。名前達はホグズミード駅で上級生の集団と別れて進み、そして小舟に乗って巨大な湖を渡った。湖を無事に渡りきることが、一年生が最初に受ける伝統の儀式の一つであると、名前は『ホグワーツの歴史』を読んでいたので知っていた。船を下りた皆が次はどうするのかとキョロキョロとしているのは、ばかみたいだった。
「ホイ、おまえさん! これ、おまえのヒキガエルかい?」
「トレバー!」
 遠くから、そんな声が聞こえてきた。どうやら、先程メソメソと泣きべそをかきながら、ヒキガエルを探して歩き回っていた少年のペットが見つかったらしい。良かったねえ、名前は無感動にそう思った。ヒキガエルだなんて、一世紀前に流行ったようなペットを欲しがったのは一体誰なのかなんて、全く気にもならなかった。
 城の入口で、新年生達の引率が、森番の大男からエメラルド色のローブを着た魔女に替わった。魔女は一年生を引き連れ、玄関ホールを通り、大広間であろう部屋の隣の、小さな部屋へと名前達を入れた。
「ホグワーツ入学おめでとう」マクゴナガル先生がそう挨拶をした。
 教授はそのままホグワーツの寮について説明し、一度部屋を出ていったがすぐに戻ってきて、一年生に付いてくるように言った。マクゴナガルが言うままに一列になって、一年生は大広間に入った。何千何百という顔が一年生を見ていて落ちつかない気分になり、名前は天井に掛けられた魔法が一体どういう仕組みなのかを考えるのに忙しくなった。
 マクゴナガル先生が四本脚のスツールを置き、その上に古ぼけた帽子を置いた。組み分け帽子は寮の特性を歌った独特の歌を歌い、それからマクゴナガル先生が言った。
「ABC順に名前を呼ばれたら、帽子を被って椅子に座り、組み分けを受けてください」

 アボット、ボーンズ、ブート、ブロックルハースト、ブラウン。アルファベットの順番に従って、新入生は次々と呼ばれていき、組み分けされていった。組み分け帽子が寮の名前を叫ぶ度に、大広間に置かれている四つのテーブルの内のどれかから、割れんばかりの拍手が鳴り響いた。グレンジャー、ゴールドスタイン、ゴイル、グリーングラス。Gが終わった。名前は自分が知らず知らずの内に、緊張していたのだと悟った。
 Hが終わって、Iに移った。なんだ、こんなの、お偉いさんのパーティで当主らしく振る舞う事より、ずっと簡単じゃないか? JがKになった。名前の目が自然にスッと細められた。
 名前の名前が呼ばれた。
 大広間中でざわざわが広がったし、教職員達までもが顔を見合わせたりしているのを、名前は横目で見た。しかし何も気にならなかった。名前は椅子に座り、組み分け帽子を被った。
 帽子は大きかった。名前がそうしようと思えば、きっと首元まで覆い隠す事が出来るだろう。どうしてわざわざこんなに大きなのを使うんだろうと訝しがると、頭の中で、それは私がゴドリック・グリフィンドールの帽子だからだよ、と組み分け帽子が喋る声がした。
「フーム」帽子が唸った。
「ふうむ……君は賢い。大いに賢い。勇気もある、そして忍耐も十分にある……」
「それなら、スリザリンが良い」
 名前がそう思うと、帽子はさも意外だと言っているような声で、「本当に?」と聞き返した。
「本当にそうかね? 君は本当にそう思っているのかね? 君が欲しいものは別にあるのではないかね? 勿論、君はスリザリンに入る素質を持ってはいる」帽子が言った。
 しかし組み分け帽子は名前が再びスリザリンを希望すると、それ以上は聞き返さなかった。
「ふむ、君がそこまで望むなら悪くない。きっと上手くやっていけるのだろう。思えばブラック家の子は皆大抵スリザリンに入ったものだ。君はそっちの血が濃く出ているのだね。そう……君のお父さんとお母さんもスリザリンだった。――ならば、よし、スリザリン!」

 熱狂的な拍手に迎えられながら、名前・レストレンジはスリザリンの席に着いた。そこに居た誰もが、名前が組み分け帽子に長く悩まれていたのだと、全く考えなかったようだった。同じ寮になれて光栄だとか、ようこそスリザリンへだとか、そういったおべっか全てににこやかに答えながら、名前は別のことを考えていた。
 帽子が何故、あそこまで名前の組み分けを悩んだのか――というよりもあれは、僕がスリザリンに入るのを渋っていた?――が気に掛かっていたのだ。それに、帽子の言った欲しいものは別にあるのではないかね?という言葉が、名前の心の中に小さなしこりのように残っていた。
 僕は、レストレンジ家の人間なのに。
 名前は魔法界でも旧家に分けられる、レストレンジ家の嫡男だった。純血の中の純血だ。スリザリンは純血を重きに置くはずじゃないのか? それとも、僕には狡猾さが無いとでも言うのか?
 名前・レストレンジがスリザリンじゃないなんて、ありえないじゃないか。
 残りの組み分けを眺めながらも、名前はずっとその事を考えていた。どこの誰がどの寮に組み分けされただとか、名前を驚いたような怖がっているような、そんな言いようのない表情で見詰めていた、何処かで見覚えのある少年が、悩まれた末にグリフィンドールになっただとか、名前は全く興味が湧かなかった。

[ 757/832 ]

[*prev] [next#]
[モドル]
[しおりを挟む]



×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -