rainy day

 突然に降り出した雨だったが、出掛けに天気予報を見ていたおかげで、ずぶ濡れになることはなかった。学校に着いてから傘をゆすり、水を切る。
 ざあざあと勢いよく降り続ける中、雨に濡れながら駆け込んでくる生徒達も多くいた。名前の隣まで走ってきた男子生徒も、頭から爪先までぐっしょりと濡れていた。
 男子生徒はすらりと背が高く、精悍な顔付きをしている。見覚えのない生徒だったが、うっかり見惚れてしまいそうになった。雨に濡れ、物静かな雰囲気を醸し出しているのも、実に良い。
 何気なく横目で伺っていたのだが、その生徒が「ひでぇ雨だったな」と独り言を漏らしたので、慌てて視線を外した。見ているのがばれたのではないかと思ったからだ。そのまま何事もなかったかのように、傘を畳む。名前が傘立てに傘を仕舞い入れた時、「名字サン」と話し掛けてきたのでひどく動揺した。
「シカトですか名字サン」
「えっ」
 慌てて隣に立つ男子生徒に向き合い、まじまじとその顔を見詰める。
 口元を引きつらせながら、「えって何よ」と苦笑した彼に、漸く名前は気が付いた。「えっ、え、く、黒尾くん!?」
「同じクラスの黒尾ですけど……」
 苦笑を浮かべながら、そう言って小首を傾げてみせた黒尾。
「わ、わー! ごめんね! 全然気が付かなくて!」
「二年間クラス一緒の相手にシカト決め込まれるとか……傷付くわあ……」
「だからごめんって!」
 冗談、とにっこり笑ってみせた男子高生は、確かに黒尾鉄朗その人だった。

 黒尾くんこの時間って珍しいね?と尋ねれば、今テスト期間でしょと笑われる。少し考えれば解ることだったのにと一人羞恥心に塗れながら、「名字サンさ、さっき俺のこと見てなかった?」という黒尾の言葉にびくりとする。
「そんな事……なかったと思ったけど……」
「そう?」黒尾はいつも通り、人当たりの良い笑みを浮かべている。その黒い髪からは、ぽたぽたと雫が垂れている。
「あ、あー。その、見覚えない人居るなーって思って。さ」
 あぁ……と黒尾が視線を外した。
「いっつもカッコ良く決まってるのに、残念だったね」
 ぺったりとしている黒尾の頭を見ながらそう言ったわけだが、彼がぱっと振り向いたので名前は少々驚いた。――考えてみれば、(ワックスで髪を固めるのがどれくらい時間が掛かるのかは解らないが)今日だって雨で落ちただけだろうに、嫌味染みた事を言ってしまった。慌てて付け足す。
「で、でもホラ! 水の滴る良い男的なさ! 黒尾くん元々格好良いから、そうやって降ろしてるのも全然似合ってるよ! うん、すっごくかっこいい!」
 いいよ、全然良い!とにっこりした名前だったが、黒尾から何も反応が返ってこず、段々と焦ってきた。そもそも、隣に立ったのにクラスメイトに気付かないとかありえないじゃないか。
「そ、そのさー、黒尾くん、見てなかった?って言ったじゃん? それ実は黒尾くんに見惚れてたんだよねー! こんな格好良い人居たっけって思ってさー! それが黒尾くんだったからすっごく驚いたっていうか……うん、そういう髪型も似合ってる! すごい格好良い!」

 じっとりと名前を見詰める黒尾。その顔には少しも笑みが浮かんでいない。しかしながら――どうも、怒っているようでもない。
「あー……」と、口籠る黒尾。「どうもアリガトウ」
 歯切れの悪い言い方をする黒尾に、名前は内心で首を傾げる。普段の彼は、当たり障りのない言動を取る。決してクラスの中心というわけではなかったが、誰とでも良い関係を築いている。しかし今の彼は、何というか――どうも、頭が回っていない、ような?

 二人でにこにこと笑いながらも、名前は同時に気まずさも味わっていた。冷や汗が止まらない。
 ――実はこれ、黒尾はマジ切れしているのでは? 
 そう思うと、今すぐにでもここから逃げ出したかった。
「あ、あー……」名前が言った。「黒尾くん、傘持ってないよね? 私折り畳みも持ってるから、これ貸してあげるね!」黒尾が口を開く隙も与えず、名前は鞄の中から取り出した折り畳み傘を押し付ける――良かった、折り畳みが黒で良かった、本当に。「夜まで降り続くって言ってたから!」
 私先に教室行ってるね、風邪引かないようにね!と言い残し、名前は逃げるように早足で立ち去った。一人昇降口に残された黒尾は、額に張り付いた前髪を掻き分け、それから一人、「はっず……」と小さく呟いた。

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