男子高校生in電車

 平日の午後八時過ぎとはいえ、高等学校の最寄駅となれば、どんな時間帯でもそれなりに人が多い。この地域にある高校は伊達工業だけではないので尚更だ。
 ホームの端を歩きながら、できるだけ人の少ない車両を探す。この暑い時期に、わざわざ混雑率の高い車両に乗りたくない。もっとも発車時間が迫ってきているので、そろそろ乗り込まなくてはならないわけだが。
 名前が諦めかけたその時、不意に人の少ない一角を見付けた。何か近寄り難い理由でもあるのかと怪訝に思ったが、見覚えのある後姿に納得した。「おーい青根」

 同じ二年A組に在籍している青根高伸は、自身の傍までやってきた男子高校生が名前であると気が付くとぱっと顔を上げ、それから小さく頷いて見せた。口元はいつも通りへの字に結ばれているが、心無しか表情が明るく見える。――ことがなくもない。
 何となく遠巻きにされているのを感じながらも、名前は内心で苦笑するだけに留めた。別にわざわざ気にするようなことではない。
「お前が一人って珍しーね。ていうかもっとそっち詰めてよ、お前でかいんだからさ」
 名前がからからと笑いながら言えば、青根はこくりと頷いた。元から座席の端に座っていたのを、更に身を縮ませるようにして名前に席を空ける。もっとも青根がどれだけ身体を小さくさせようと、成人男性一人分はあるのだが。あんがとさんと笑って彼の隣に腰掛ければ、青根はぶんっと頭を振った。気にするなと言いたいのか、一緒に帰る相手ができて嬉しいのか。
 名前が座るのとほぼ同時に電車が動き始めた。なかなかギリギリだったらしい。「俺は部活の当番で遅くなってたんだけどさあ――鍵当番ね――青根は一人でどうしたん? バレー部お前一人みたいだけど」
 お前も当番的なあれだった?と尋ねれば、青根は小さく頷いた。ふうんと返す。への字に結ばれた青根の口が、その角度を小さくさせたような気がしたので、「お前いっつも二口と一緒に居るからさあ、意外だっただけ」と付け足した。青根は軽く頷く。
 からからと笑ってみせはするものの、二口が居ないと会話が続かねえなあと、心の中で一人ごちた。青根のことは友達だと思ってはいるが、無口が過ぎるのが玉に瑕だ。


 名字名前と青根高伸は友人関係にある。もっとも特別仲が良いわけではなく、会えば話をするくらいだ。名前が一番仲が良い友達は青根ではないし、普段つるんでいる友達も青根ではない。逆に言えば青根の一番仲の良い友達も名前ではないし、彼が普段つるんでいる仲間の中にも名前はいなかった。しかし二人はそれなりに仲が良い。何せ――青根が寄ってくるのである。
 青根のことは、別に元から嫌いではなかった。いや、名前自身そう背が高い方ではないので、190越えの同級生ということで妬んでいる部分はあったが、それ以外に彼に対する印象はまるでなかったのだ。せいぜいいっつもシカトを決め込んでくる糞野郎ぐらいにしか思っていなかった。それが、いつの頃からか青根が名前の元へ寄ってくるようになったのだ。
 実際付き合ってみればなんてことはない、確かに口数が少なく表情筋も死んでいて、おまけに図体もでかくて威圧感があるが、普通の男子高校生と変わりがなかった。青根が口を利くことは滅多になかったが、イエスかノーかで答えられる質問をしてやれば良いだけなのでむしろ簡単だ。いつの間にか、名前と青根は単なるクラスメイトでは言い表せないくらいの仲にはなっていた。友人以上親友未満の間柄ではなかろうか。
 ――同じクラスの中でも微妙に浮いている青根だが、そんな青根が自分の元にのそのそ寄ってくるのは、何というか、皆から恐れられている野良犬が自分だけに懐いたかのような、そんなある種の感動すら覚える。

 ただ、どうして青根がいきなり名前に親しみを覚えるようになったのかは、最初の頃はいまいち解らなかった。同じクラスになったのは二年生になってからであって、それ以前の接点は皆無に等しかった。伊達工生で、同学年で、性別が同じ――本当にそれくらいしかなかったのだ。
 青根はさあ、嬉しかったらしいよ――そう言ったのは、同じく同級生の二口だ。
「あいつさ、電車通学なんだけど、座席に座ると自分の隣だけ空いてさ。何気に気にしてたらしいんだよね。でも名字が隣に座ってさ、それが嬉しかったらしいわけ」
 二口の言葉がどこまで本当のことなのかいまいち判断が付かなかったが(何せ、人をおちょくる事を生き甲斐にしているような奴だ)、そういう事らしかった。確かに一年の秋、何の気なしに青根の隣に座ったことがあったような気がする。
 ただ、青根がそれに感じ入ったというのはどうにも納得ができない。あの時は本当に疲れていて、ただ空いている席に座りたかっただけだし、実際腰掛けた後に隣の席に座るのが誰かに気付いて心底怯えた。もう少し頭がしゃんとしていれば、恐らく青根のような強面の隣には座らなかっただろう。同級生だろうと何だろうと、怖いものは怖い。
 青根が名前に近寄ってくるようになったのはその頃だったし、青根が電車で座席に居る時隣に誰も座らないのも事実だが(何せ、そのおかげで今日も座ることができた)、名前は二口の言葉の殆どを冗談だと思っている。
 それでも名前と青根が友人関係にあるのは、ただただ単純に、青根が無口で無表情ででかくて威圧感があっても、それ以上に良い奴だからに他ならなかった。本当に、もう少しだけコミュニケーション能力が上がってくれれば言うことはないのだが。


 電車が進む内、イエスノーで答えられるような話題を振るのも辛くなってきて――何だかんだ言ったところで、名前の方も別段コミュ力が高いわけではないのだ。もっとも、無理に話し続ける必要もないわけだが――ついうっかり「青根が居てくれると座れて良いわ」と言ってしまった。
 別に何の意図があったわけでもないのだが、青根の口が今まで以上に鋭角を築いたのを見て内心でひどく焦る。への字というか、逆V字になっている。何が焦るって、青根が怒っているわけでもないらしいことが問題なのだ。
 二口が言っていたことが本当だっただなんて――そんな、馬鹿な。

 あいつ結構傷付きやすいとこあんだよね、あのナリでさ。と、そう言って笑っていた二口の言葉が頭を過る。バレー部の期待の星で、こんなに恵まれた体格をしていて、顔だって厳ついのに。
 可愛いところもあるのだなあと思いながら、「まあそのおかげで俺は青根独り占めにできんだけどね」と笑えば、逆V字を描いていた青根の口は、緩やかな鈍角に戻っていった。やはり、割と解りやすい。

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