Faire des Gateaux

伝説のシェフと謳われもする、カロスリーグ四天王が1人、ズミ――彼が自宅で主催した、ごくごく小さな食事会に、誘われて久々に赴いた(誘われる事自体は少なくも無い、が)その帰り。繋いだ手がレンによってゆらりゆらりと振られるのを甘んじながら、いつもと変わらぬ、ぽつりぽつりとした会話をして歩みを進めていた。
あの鶏肉のソテーが美味しかっただとか、ビシソワーズをまた飲みたいだとか。主に少女の感想や要望であったが、これが茶飯事の1つなのだ。彼女の唐突な言葉へ対し、彼が至ってスムーズに応じる。いつもと変わりの無い、2人の様子なのである。


食事会には、ショウヨウシティジムの責任者且つその頂点、ザクロという男も参加するのだが、如何せん大の甘党である彼は、しかしながらそこな点に対して非常につらい我慢を強いられている。趣味と言えば、ボルダリング。壁を登るのに、体重の数値は大変重要である。自重という要素の大いに関わるこのスポーツ、当然軽ければ軽い程良いのだが、筋力は必要不可欠だ。となると当然、削る部分はそれでは無く、脂肪となる訳で。


久しぶりの事だしと、ギルが腕を揮って作り持っていったのは、人参と蜂蜜を使ったシフォンケーキだった。甘いものは大好きだが、体重キープという高くて厚い壁の立ちはだかる――フリークライミングという趣味が故に、登るに登れないこの哀しさ。そんなザクロのための、低カロリーなスイーツ・デザートだ。
旬モノでは無くとも、人参をトチの蜂蜜(勿論、先日買い取りを始めた良い品質のものだ)で煮ればかなりの甘さとなる。それを粗く擂り、生地に混ぜ焼き上げた柔らかでエアリーなケーキはそのまま食べても十分にふんわりと甘く、美味しい。そしてそこへ、人参のピュレとトチの蜂蜜、加えてミクルの実で作ったジャムを、お好みの量で。この落花生(ジョウト地方が主な産地の、いわゆるピーナッツだ)にも形が似た真緑の木の実は、これ自体はひどく渋味が強い(甘党ならぬ渋党である、ギルの雄のバオッキー、エースの大好物の1つである)のだが、一緒に食べたものを甘く感じさせる効果が有った。糖分は控えめにしたい、しかし、甘さには妥協出来ない・したくない。そんな我が儘を通すために有用な食材として数えられている。


案の定、このシフォンケーキは大変に好評であった。食事会の他の招待者、クノエジムのジムリーダーにして一流デザイナー・マーシュは、ジャムは付けずにそのままで。主催のズミはほんの少々、味見と組み合わせてのそれのために。レンは適量、とは言えかなりに甘かろう。ザクロなど、たっぷりと掛けて嬉しそうに頬張っていた。余りの事にギルが苦笑を零した程には、それはそれはもう。
だとしても、摂取カロリーは低いと言える内に留まっているだろう。超一流シェフのプロ根性由来の称賛は、素直に正直に、そして幾らか悔しげでもあった。




――ミアレの夜、特にその遅くは、決して安全とは言えない。治安が悪すぎる、との評価では無けれど、中々よろしくない事も有る。それを感じるのは大抵、ぼんやりとした街灯や建物の灯りが点在する程度の通りを行く時だった。――そう、まさしく、今のように。
しばらく会話の途切れた、足音を除いた静寂の中で、耳に届く小さな話し声。話に聞いた噂のパティシエールにはあの3人の誰かを介して会わせてもらおうか、などと考えていたらこれだ。…ギル、と、可愛い可愛い隣の恋人が囁く。




「嫌がる女性に無理強いとは感心しねぇな」

「…!」

「あっは。声掛けるまで私らに気付かないなんて、よーっぽど熱心に口説いてらしたようで」

「こんな遅くにバトルってーのもこれまた熱心な。俺かこいつで良けりゃ、お相手して差し上げますケド?」

「差し上げますケド!」

「…ッ、」




薄らとした明るさの奥で、弾かれるように此方を振り向いた男は焦った顔をして。にこりとギルが笑みを浮かべ、ことりとレンが首を傾げたなら、2人を忌々しげに睨みながらもそそくさと夜闇へ逃げ消えていく。やぁねああいうのは、なんて傍らから、つまらなさそうにも聴こえる声に青年はくつりと笑った。




「…あの、すみません、ありがとうございました」

「どう致しまして」

「どう致しまして!っていうかおねーさん、私ね、夜遅くに女性の1人歩きはかーなり危ないと思うのです。…仮にポケモン持っててその子が十分に強くても、やっぱそれなりに物騒ですし」

「あはは…ご忠告、恐れ入ります。すみません本当に、」

「何処に住んでる?送ってくぜ。明確な場所は、ってんならその近くまででも」

「あぁ、いえ、大丈夫ですよ。もう近くなので。お気持ちだけでもありがたく戴きます」

「遠慮はしなくていいですからね?…や、こっちのお節介が鬱陶しいってんなら、そりゃむしろこっちがすみませんなんですけど」

「いえいえ、とんでも無い!本当にすぐそこなんですよ。あー着いた、なぁんて思っていたら声を掛けられてしまって。助けて頂いて本当に感謝しています、ありがとうございました」




大部分は苦笑の表情であった女性が、ぼんやりとした街灯の下で深々と腰を折る。再度、2人はどう致しましてと一笑して。それじゃあお気を付けて、と言ったレンに、彼女はゆるりと笑んで頷いた。――何処かで見た事の有るような、既視感を覚える笑みである。しかも、ごく最近に。勿論、そんな些細なものを本人を前にして口にはしないが。
そうして、そこで別れる。この広いミアレの街だ。また会う事が有ったなら、それは袖擦り合ったその先の縁なのだろう。1人の女性は居住所までの残り僅かな道を行き始め、1組の男女はもう幾らかの距離を歩くのである。




「…あ」

「…ん?」

「あーあー判った、さっきの女の人の最後の笑った顔っていうか笑い方」

「誰かのに似てたって?」

「めちゃくちゃ最近だった。マーシュさんだ」

「…あぁ、言われてみれば」

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