04

 多分、私は信用されていないのだろう。
 そう考え至るのは、何も難しいことじゃなかった。あの後、私は一角さんに直接「何故シャチのことを知っているのか」と尋ねていた。しかし、一角さんははぐらかすだけだった。終いには、そのようなことを言った覚えはない、名前殿の勘違いではないか、と発言を否定する始末だ。表情は無論見えなかったが、彼が動揺しているような気配は痛いほど伝わってきた。私は、そうでしたかねと笑って頷くしかなかった。
 どういう理由かは知れないが、私に知られて都合の悪いことが多々あるらしい。
 私は彼らに対し、並々ならぬ親しみを感じていた。彼らがこの丑三ッ時水族館に特別な思い入れを持っていることが、自然と解ったからだ。私と同じように。
 しかし、私はどうやら信用されていない。例えば私は未だに何故大量の従業員が一斉に居なくなってしまったのかを知らない。大きな不祥事があったのかもしれないが、そんなことで私は丑三ッ時を嫌いになったりはしないのに。彼らに親しみを感じれば感じるだけ、よりいっそうの悲しさが募った。
 休職していたにせよ、私にだって飼育員としてのプライドはあるから、仕事に影響は出さなかった。しかし、一角さん達に対する心の距離感は、日に日に開いていくようだった。


 ある日、私は一角さんに「ショー」に誘われた。なんてことはない、客側に座って、芸の出来不出来を見て欲しいというのだ。おそらく彼なりの労わりの意もあるんじゃないか。私はそう思いたい。
 前列の観客席へ座ると、驚いたことに一角さんもその隣に腰を下ろした。
「名前殿、改善点があればどんどん言ってくれ」
「ああ……なるほど」名前は頷く。
 一角さんは立ち上がると右手をピシッと上げ、「準備は万端だ!」と大声を上げた。ステージには既に調教師、つまりデビさんが立っている。いつもの猫背のまま、デビさんがひらひらと手を振ったようだった。
 音楽が鳴り出し、スポットライトがステージを煌々と照らし上げた。二頭のイルカがステージ脇から泳いできて、盛大なジャンプを披露する。ぴったりとタイミングの合ったその様は、海獣のショーを見慣れている筈の私でも、「わぁ」と、思わず声を漏らしてしまうほどだった。

 一通り――デビさん一人だけでできる芸は、恐らく一通り見せてもらった。どれもこれも完成度が高い。一応、アドバイスを求められている身として、改善できそうな所を探して述べたのだが、正直なところ、それらを必死に探さなければならないほどだった。
「いかがだっただろうか。全体を通して、何か気になるところはあるだろうか?」
「えー……っと、そうですね、何となくですけど淡々と進んでいる感じがして、こう、引きというか溜めというか、そういうのがもう少しあった方が良いかもしれません」
「ふむ、つまり、挙動と挙動の合間に意図的な間を作り、緊張感をもたせるということかな?」
「ええ」まあ、と頷けば、再び一角さんは立ち上がった。そうして「デビ!」と呼び掛け、「だそうだ!」と叫ぶ。デビさんがリアクションをする。さっと親指を上げ、そのまま下に向けて勢いよく下ろした気がするが、私は見なかったことにした。少なくとも、デビさんの不穏な動作を、一角さんは少しも気にしていないようだ。
 先程と同じように音楽が鳴り出し、スポットライトが縦横無尽に動き始めた。先程までと比べるまでもなく「間」ができている。ただ、それによって冗長的になり過ぎているような気もしなくもない。


「あの……この照明って誰がやってるんですか?」
 そう尋ねてから、一角が答えるまでに少し間があった。生憎と私は観客ではないので、はらはらもどきどきもしない。顔の見えない一角さんを、ただじっと見上げ続ける。
「自動操縦だ!」
「自動……」名前が呟く。「随分と――」
 ――ハイテクなんですねえ。
 面前で行われているイルカショーは、先程よりもいくらか芸と芸との合間に間が持たされている。しかしながら、照明は常に遅れることなくイルカ達を照らしていた。
 もしかして、私達の他にも従業員が居るんじゃないか。
 そう思わないでもなかったが、一角さんが自動で動いているのだと言うのならば、雇われの身である自分はそれを信じるしかない。
「ハイテク……?」
「え、あ、ええと、便利だなあって」
「なるほど!」
 うんうんと一角さんが頷く。その拍子に制帽が傾ぎそうになって、慌てて手を添えている。

 一角さん達の顔もよく解らない私だが、最近年齢もよく解らなくなってきた。勝手に私より少し上くらいだろうと思っていたのだが、近頃では実は一回りも二回りも年上なんじゃないかと思っている。

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