また名前がカロスリーグに姿を見せなくなった。もっとも、ズミが心配していたように、火炎の間に通っているわけでもないらしい。リーグ挑戦者の数は以前と同じくらいになり、やがて一週間が経ち、一ヶ月が経った。もしかすると、名前はまたシンオウに帰ったのではないか――ズミがそんな風に思い始めた頃、漸く名前は再び姿を現した。水門の間にだ。

 たった今洞窟を抜けてきたばかり、そんな姿をしている名前に、ズミは目を細めた。もしかして、またチャンピオンロードに籠っていたのでは。しかし問い詰める前に、名前の方が先に口を開いた。
「今日は聞かないのか。ポケモン勝負が芸術なのかそうでないのかって」
「……お尋ねしましょう。名前、あなたにとって、ポケモン勝負は芸術足り得るものですか」
「そうだな」名前は微かに笑った。「君が言った通りだ。ポケモン勝負とは流動的なもので、それを……おれは忘れていたよ」
「ポケモンバトルは芸術足り得る、おれはそう思うよ」


 お久しぶりですとズミが口にすると、名前はそんなに日が空いていたかなと小さく笑った。そして、そのままボールを放る。現れたのは、重量ポケモンのカバルドン。先鋒のカバルドンで砂嵐を起こし、次鋒のサンドパンで相手を攪乱させる――それが、名前の常套手段だった。しかし、ズミは微かに目を見開くことになる。
 現れたのはいつものカバルドンではなく、雌のカバルドンだったからだ。体の色は黒く、また普段のカバルドンよりもやや大きい。
 より優秀な個体を連れてきたということなのだろうか――ズミはそんな風に思った。もしくは、全く違う戦法を取るのか。名前はいつも、カバルドンには大技を指示し、防御には一切気を払わなかった。砂嵐状態を保った上で、次に繋げたいと考えていたからだろう。
 心に生じた迷いに蓋をするように、いつぞやと同じくギャラドスを場に出す。凶悪ポケモンが髭を震わせ、大きく吠えて威嚇をしたが、黒いカバルドンは赤い眼を僅かに細めただけだった。
 既にバトルは始まっている。名前の出方を窺うべきか、それとも此方から勝負を仕掛けるべきか。しかしながら、ズミの迷いを断ち切るように、名前の方から声が掛けられた。「今日は本気で行くから、君も六体使って構わないぞ」
「――……は」
 ズミが目を見開いた丁度その時、名前はカバルドンに指示を飛ばした。「カバルドン、ステルスロック」

 黒いカバルドンが大きく口を開いた。そして、生成された尖った小岩がギャラドスの周りを一定間隔で飛び回る。その岩々は攻撃の邪魔にこそならないものの、鬱陶しいことには変わりがない。ギャラドスは煩わしげに唸り声を上げ、苛々と尾を揺らす。しかし小岩は付かず離れずの距離を保ったまま、ギャラドスの周りをふわふわと漂っている。
 ステルスロック――交代際にダメージを与えるという一種の補助技だが、名前が使うのを見たのはこれが初めてだった。「本気」、という言葉に、微かに汗が滲む。
「気にするな、ギャラドス」自分を見遣ったギャラドスに、ズミはそう声を掛けた。動揺していたのは事実だが、それをポケモンに悟らせてはならない。ましてや、苛立ちで調子を崩しそうになっているポケモンにだ。――もちろん、相手トレーナーにも。遠く離れた場所に立つ名前は、真剣な面持ちのままズミ達を見据えている。「たきのぼり!」
 ギャラドスが大きく吠え、砂嵐が吹き荒れる水門の間を進んでいく。滝を昇る勢いでの突進攻撃は、相当のダメージとなる筈だった。しかし「受け止めろ」という指示に従ったカバルドンは、ギャラドスのたきのぼりを受けても身動ぎ一つしなかった。
「かみなりのキバ」
 大きく口を開いたカバルドン、その牙は帯電している。ギャラドスの胴体に噛み付いたカバルドンは、そのまま大きく体をしならせ、ギャラドスの巨体を放り投げた。水の柱に激突したギャラドスは、大きな水飛沫と共に怒りの咆哮を上げる。吹き荒れる砂嵐と、纏わり付くステルスロック、それから思いもよらぬ電気技に、ギャラドスは怒り狂っていた。
「わたしへの対策というわけですか」ズミがそう口にすると、名前は小さく頷いた。未だぱりぱりと静電気を放っているカバルドンの牙を見ながら、ズミは考える。たきのぼりも思ったほどのダメージは与えられてはおらず、ひょっとするとこの雌のカバルドンは防御に特化しているのかもしれなかった。「ギャラドス」
 声を掛ければ、ギャラドスは苛々とズミを見た。ギャラドスという種族柄、闘争本能を抑えるのに苦労しているのだろう。
「落ち着きなさい。りゅうのまいです」
 ドラゴンポケモン特有の動きを始めたギャラドスだったが、次の瞬間にはモンスターボールに戻っていた。カバルドンが吠え、強制的に交代を余儀なくされたからだ。

 淡々と指示をする名前に、ズミは改めて彼の言葉の意味を思い知らされた。普段の彼であれば、ポケモンが技を出したり出されたりする度に、その一喜一憂を顔に、口に出していた筈だ。しかし今日の名前はいやに無表情で、まるで此方の声さえ届いていないかのようだった。
 砂嵐が吹き荒れる中、スターミーが放ったハイドロポンプにカバルドンが膝を着く。代わりに現れたのは、いつものサンドパンではなく、鋼の角と爪を持ったドリュウズだった。ハイドロポンプを指示したものの、水の塊が届く前にドリュウズに回り込まれ、反対にシザークロスが叩き込まれた。力なくコアを明滅させるスターミーを控えに戻す。「こだわりスカーフ……いえ、すなかきですか」
「ご名答だ」
 そう言って、肩を竦める名前。「君のスターミーは厄介なんでな」
 ズミは再びギャラドスを出した。威嚇のおかげで攻撃力が下がり、何とか凌ぐことができたが、次に現れたポケモンも厄介だった。高いポテンシャルを秘めた、じめん・ドラゴンタイプのポケモン――ガブリアスだ。


「ギャラドス、こおりのキバ!」
「怯むなガブリアス。ストーンエッジ」
 砂嵐も止んだというのに、ギャラドスの牙はガブリアスに届くことはなかった。マッハポケモンはその名に恥じぬ俊敏な動きで身を躱し、ギャラドスにストーンエッジを叩き込んだ。しかしながら、こおりのキバを避けながらの攻撃だったからか、その鋭く尖った岩もギャラドスの身を削りはしなかった。
 ガブリアスの攻撃が外れてほっとしてしまった辺り、自分がいかに気圧されているかが解る。
 名前がスターミーを早々に倒したがっていた理由を、漸く理解することができた。ドリュウズもガブリアスも、今まで名前が使ったことのないポケモンだった。少なくとも、ズミは見た覚えがない。トリトドンも含め、ズミを本気で倒そうとしているからこそ、用意してきたポケモンに違いなかった。
「ギャラドス、もう一度こおりのキバです!」
「――ガブリアス」名前の静かな呼び掛けに、青黒い龍は背後を振り返った。「お前の逆鱗に触ったらどうなるか、それを教えてやれ」

 ガブリアスが大きく咆哮した。全身に力が漲り、噛み付こうとしていたギャラドスを掻い潜ると、そのままの勢いで体当たりする。ギャラドスの巨体は吹き飛び、壁に激突した。しかし攻撃は止まず、やがてギャラドスは力尽きた。ガブリアスの怒涛の追撃に、ズミのギャラドスは打つ手が無かったのだ。
 審判に判定を言われるよりも前に、ズミはギャラドスをボールに戻した。次いで出したブロスターも呆気なくやられ、残るポケモンはあと一体となってしまった。ガブリアスは怒り狂っているようにこそ見え、その理性は失っておらず、静かにズミが次に出すポケモンをじっと待っている。

 フィールドに立ったガメノデスは、見慣れないガブリアスの姿に――しかも、怒り狂ったガブリアスの姿に――畏怖の念こそ抱いたものの、怯んではいないらしかった。その身は震えているが、彼の表情から判断するに、どうやら武者震いの類らしい。
 水門の間はもはや、普段の整然とした雰囲気を失っていた。ズミの水技と、吹き荒れた砂嵐のおかげで足場はどろどろだし、あちこちにクレーターや罅割れができている。名前が放ったストーンエッジも、まだ随所に残っていた。
「次で決めるぞ、ガブリアス」名前が静かにそう言い、それに応えるようにガブリアスが大きく咆哮した。



 ――ガブリアスが倒れても、名前は顔色一つ変えなかった。
 ガブリアスのげきりんを防ぎ切ることができたおかげで、ズミは何とか勝つことができた。げきりんの追加効果は、自身の混乱。ガブリアスが混乱し、自分に攻撃しなければ、勝敗は解らなかった。決してガブリアスの攻撃はガメノデスに当たらなかったが、最初のステルスロックと、ガブリアスの特性鮫肌のおかげで体力は半分ほどしか残っていない。
 名前が新たに投げたモンスターボールからは、見慣れたポケモンが現れた。巨大な岩の体に、分厚いプロテクター。名前のパートナー、ドサイドンだ。
「結局、こいつを出してしまう事になるとは思わなかった」名前が微かに笑った。バトルが始まってから、初めて見せる笑みだった。「やっぱりズミくんは強いな。実感したよ」
「ありがとうございます」
 ズミが言葉少なにそう言うと、名前は声に出して笑った。しかしすぐさま真剣な顔付きになる。ズミは、自然と自分の身が震えるのを感じた。強い相手に相対して喜びを感じるのは、何もポケモンだけではないのだ。
 吹き荒れた砂嵐のおかげで、体中砂に塗れていた。足元は泥で汚れ、コック服も今や純白とは言い難い。しかし、ズミは漠然とこう思った。――このバトルは、後々になっても忘れはしないのだろう、と。
「――ガメノデス、シェルブレード!」

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