「む……これは、一体どういう状況なのだ?」
「さあ……わたしにもさっぱり解らないのね」
 ガンピとドラセナが揃って首を傾げる中、ズミと名前の間で吹き荒ぶ絶対零度の嵐は止まらない。方やズミは仁王立ち、方や名前は土下座である。――ついでに、土下座はズミの指示ではない。

 神妙にしている名前を見下ろしながら、ズミはつい舌打ちを零した。途端、名前がびくりと身を震わせる。
「あなたの――向上心については、このズミ、とても評価しています」
「……ありがとう」
「山籠もりの修行も結構です。長く向き合ってこそ、解ることもある」
「はい……」
「しかし、解らない」ズミが言った。「あなたは前四天王であった筈。そのプライドがあるのなら、チャンピオンロードで修行などできよう筈がないのでは。まして、あなたはわたしを倒す為、修行をしていたのではないのか。元四天王がチャンピオンロードに籠って修行など、情けないとは思わなかったのか」
 チャンピオンロードと称される道路は、各地方に存在する。カロス地方ではちょうど、ハクダンとエイセツの境にある道路がそうだ。
 そもそも、「チャンピオンロード」という呼称は正式なものではない。チャンピオンへと続く道、ポケモンリーグへと続く道を、尊敬の念を持ってそう呼んでいるのだ。チャンピオンロードにはその地方の強者達、特に、トレーナーの頂点に立とうと野望に燃えるトレーナーが多く訪れる。

 ポケモンリーグの公認トレーナー、それがチャンピオンであり、四天王であり、ジムリーダーだ。ポケモン勝負の強さのみならず、常に他の者達の規範であらねばならない。
 ――チャンピオンロードで修行するとはつまり、自分の未熟さを他に示している。自分はまだ、リーグに挑戦する実力が無いのだと。

 ズミ自身、何故こうも苛々しているのかよく解らなかった。チャンピオンロードだろうと何だろうと、どこで修行を積もうが構わないではないか。そりゃ、現役の四天王がチャンピオンロードに籠っていれば多少問題にはなるだろうが、彼は何と言っても元四天王だ。何も問題は無い。
 ただ、殆ど言い掛かりなのに、何も言い返さない名前にも、ひどく腹が立った。
「――修行を積んだと仰いましたね」
「え? あ、ああ、うん……」
 随分と情けない顔をしている名前に、ズミは言った。
「それではその修行の成果、このズミに余すところなく見せて頂きましょう。そして、味わわせて差し上げましょう。わたし達四天王が、一体どういうトレーナーなのかを」


 水門の間、そこでズミと名前は対峙した。傍らにはいつも水門の間で審判を務める男も立っている。ズミとしては、今からのポケモン勝負はごく私的なものであり、別段審判は必要なかったのだが、彼が自ら買って出てくれたのでその言葉に甘えることにした。できることなら、余計な事に気を取られず勝負したい。
 普段、どちらかというとズミは名前とのバトルに乗り気ではない。できることなら拒否したいと思う事だってあるし、明らかに手を抜く時だってある。まして、つい先ほど――一対一とはいえ――バトルをしたばかりだ。そんなズミのことを解っているのだろう、名前の方が今から行なわれるポケモン勝負に戸惑っているようだった。
「使用ポケモンは三体、入れ替え自由のシングルバトルで構いませんね」
「あ、ああ……リーグの公式ルールじゃないんだな」
「ええ」
 ズミがモンスターボールを手にすると、一歩遅れて名前の方もボールを手にした。姿を現したのは凶悪ポケモンのギャラドス、それから重量ポケモンのカバルドンだ。途端に吹き荒れる砂嵐に、ズミは目を細めた。砂が鬱陶しかったのではなく、彼が常の通りカバルドンを出したからだ。
 ギャラドスが大きく吠え、髭を震わせ威嚇をする。カバルドンは一瞬怯んだようだったが、負けじと口を開いて威嚇行動を取った。しかしながら、鎌首をもたげ、三メートルもの高さから場を見下ろしているギャラドスには、カバルドンのそんな動作も目に入らないようだった。
「先攻はお譲りしましょう、名前」
「……カバルドン」名前が静かに言った。「ストーンエッジ!」
 カバルドンの周りに鋭利な岩石が生成されていく間、ズミは名前をつぶさに観察した。バトル自体には乗り気のようだが、やはりズミの申し出にどんな理由があるのかと訝しんでいるようでもある。
 いくら「いかく」で攻撃力が下がっているとはいえ、次々と生み出されていく岩にはやはり恐れを抱くのか、ズミのギャラドスがちらりと背後を見遣った。ズミは常のように眉間に皺を寄せたままだったが、やがて静かに言った。「構うことはありません。ギャラドス、りゅうのまい!」


 この日のバトルは、ズミのギャラドスによる三タテとなった。数回に及ぶりゅうのまいによる、攻撃力上昇が決め手だった。また、三体目として出てきたドサイドンが、一度たきのぼりで怯んだことも、ズミが勝利した要因となっただろう。
 名前は意気消沈したまま、ズミは腕組みをしたまま、ポケモンの回復を待つ。
「大方、カバルドンが起こした砂を利用し、サンドパンでどうにかしようと考えていたのでしょう」
「……ああ」
「それがあなたの敗因です」ズミがそう口にすると、名前は低く唸った。
 この日、ズミはいつもと違い、カバルドンを速攻倒しに掛かることはしなかった。むしろ、カバルドンと相対している時、敢えてりゅうのまいを使わせた。当然砂嵐は止み、サンドパンは通常のバトルフィールドで戦うこととなった。得意の砂隠れは利用できず、攻撃力が上昇したギャラドスを前に、呆気なく沈んでいったのだ。
「確かに技のキレや威力自体は上がっていました。しかし、あなたはわたしとの勝負に慣れ過ぎた。わたしが速攻でバトルを終わらせようとするだろうと、そう考えたのが仇となりましたね」
 ズミは、しょぼくれた顔をしている名前を見詰めながら言った。「あなたはわたしを下し、四天王に返り咲こうというのでしょう」
「ポケモン勝負とは流動的なものです。最高の料理が存在しないのと同じように、バトルの最善手というものも、刻々と変化していく。トレーナーであるあなたもまた、変化を受け入れるべきです。修行も結構。しかし、チャンピオンロードで他のトレーナーを相手するだなどと、元四天王としてみっともない真似はしないで頂きたい――このズミ、あなたから奪い取った四天王の座を、そう簡単に明け渡したりはいたしません。しかしながら、挑戦はいつでもお受けいたしましょう」

 自分でも何を言いたいのか解らないまま、ズミは口を閉ざした。要は――ズミは、名前に理想のトレーナーで居て欲しかったのだ。
 確かに、四天王に挑戦する際、ポケモンのタイプ相性で名前を相手に選んだ。名前がじめんタイプの使い手ではなく、でんきやくさタイプ使いだったら、恐らく他の四天王を勝負相手にしていた筈だ。しかし、ズミは名前に出会った。そして――憧れたのだ。ポケモンの持ち味を生かすバトルスタイルも、貪欲に強さを求める姿勢も、格下のトレーナー相手でも全身全霊を込めてバトルする様も、何もかも。
 本当は、名前が四人居る四天王の中で自分を選んでくれていることも嬉しかった。誇らしいとすら思っていた。例え、名前が五年前の意趣返しとしか思っていなかったとしても――単純にガンピやドラセナ、そしてパキラに勝負を挑みにくいからだとしても。

 ズミ自身が何を言いたいのか解っていないように、それを聞いている名前もまた、ズミが何を言わんとしているのかは解っていない筈だった。彼はただ、黙りこくったままズミを見据えている。しかしやがて、静かに言った。「ズミくん、おれを殴ってくれ」



「……ハァ?」
「良いから何も言わず、おれを殴ってくれ」
 何故そういう結論になったと、ズミは問いたかった。
 しかし名前が発する独特の雰囲気に、ズミは気圧された。暫く何の意味もない問答が続く。ズミとしては、いくら何でも殴るなどということはしたくなかった。例え名前の求めでもだ。
 そうこうしている内に、バトルの感想でも言いに来たのか、ガンピとドラセナが現れた。訳も解らぬままに名前を殴り付けたガンピ(しかも、あの鎧を身に付けたままでだ)と、ありがたそうにしている名前に、ズミはドン引きした。名前や同僚達のことは尊敬してもいるが、こういった肉体言語とは無縁でいたい。また、その後に現れたパキラが、心配そうに名前に声を掛け、赤く腫れた頬にそっと手を置いたのはまた別の話だ。

 痛みとはまた別の意味で顔を赤くさせた名前を呆れたように見ながら、ひょっとするとこれは脈ありなのだろうかと、ズミは半ばパキラの趣味を心配した。ポケモンバトルこそ強いものの、普段の名前はただの埃臭いオッサンだ。同時に、彼がこの先水門の間に現れなかったらどうしようか、とも。

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