ポケモン勝負とは実に刹那的なものだ。まるで流れる水の如く、終わってしまえば勝敗すら記憶には留まらない。また一つとして同じバトルはなく、ほんの些細な采配によって常に変化していく。
 しかしながら――カロスリーグ四天王たるズミが、唯一鮮明に覚えているポケモン勝負があった。今でも夢に見るほどに。


 サンドパンと入れ替わるようにして出てきたトリトドンに、ズミは眉根を寄せる。名前のことだから、そのまま力押しでくるかと思っていたのだが。
 当然、ブロスターのみずのはどうで特性よびみずが発動、トリトドンの特殊攻撃力が上昇する。ブロスターは申し訳なさそうにズミを見遣ったが、ズミは気にするなと小さく首を振った。
「なるほど、先日と同じ失敗はしないというわけですか」
「君が思っているより、よほど柔軟な男だぞ、おれは」
 むすっとしながら、名前。ズミは微かに――本当に微かなものだったから、おそらく名前には解らなかっただろう――笑みを浮かべ、ブロスターをボールへ戻す。トリトドンは耐久力が高く、しかも回復技も備えているから、ともすれば此方がやられてしまう。無理に他タイプの技を使ってチキンレースを挑むより、弱点を突いて早々に倒してしまう方が良いだろうという判断だ。
 先日は、トリトドンのポテンシャルを名前が過信していたおかげで、簡単に倒すことができたのだ。特性呼び水のトリトドンが、ズミにとって天敵であることは変わりがない。
 新たに飛び出したスターミーを見ても、名前は顔色一つ変えなかった。
「めざめるパワーのスターミーか……」
「ええ」
 ズミが頷くと、やがて名前がふっと笑った。「流石はズミくんだな。的確に対処してくるわけだ」

 がりがりと頭を掻いている名前に、ズミの眉間の皺が自然と険しくなる。
 五年前のちょうどこの場所で、この男と対峙した。立場は真逆、ズミは挑戦者で、名前は土陵の間の番人。タイプ相性は当然、水使いのズミの方が有利だった。だからこそ、名前に挑戦したのだ。ポケモン勝負において、相手の弱点を突くのは定石――の、筈だった。
 立場が正反対のものとなっても、名前という男はまったく変わらなかった。相性の不利を物ともせず、貪欲に勝利を求め、高みを目指す。ポケモントレーナーのあるべき姿を体現したようなこの男をズミは好いているし、同時にひどく嫌ってもいる。

 名前と初めて戦った時のバトル、ポケモン達の一挙一動をズミはきちんと覚えていた。今でも夢に見るほど鮮明に。相性は有利だった、此方は六体をフルに使った、先手まで譲ってもらった――それなのに、手も足も出なかった。
 負けたこと自体は、別に構わないのだ。
 ただ、この男の在り方こそズミが理想としているそれそのものであり、尚且つ未だにこの男と対峙すると、自分が挑戦者でいるような気分にさせられて、ひどく腹が立つのだった。決して見下されているわけではないし、そもそも名前とのバトルは八割方ズミが勝利している、それなのにだ。



 ――四天王となるには、四天王の誰か一人とバトルをし、五回連続で勝利を収めることが絶対条件だった。そして、五年前にズミが名前に拘ったのと同じように、名前もズミに拘っている。

 くさタイプのめざめるパワーで、再びトリトドンが戦闘不能となった。
 名前がスターミーを見ても少しも焦らなかったのは、どうやらリンドの実を持たせていたかららしい。草タイプの技の威力を軽減させる、若草色の木の実。リンドのおかげだろう、スターミーのめざめるパワーを食らっても、確かにトリトドンは悠々とそこに立っていた。むしろ、その直後の「ミラーコート」に、ズミの方がひやりとした。
 問題は、トリトドンの耐久力が高過ぎて、ミラーコートの威力が低かったことだ。その事は流石の名前も予想外だったらしく、スターミーが楽々と立ち上がったのを見て唖然としていた。――当然、素早さはスターミーが勝っており、名前の奇策は失敗に終わった。

 しょぼくれた顔で、控えポケモンを確認している名前。そんな彼を眺めながら、ズミは何の気無しに尋ねた。「パキラとはどういう関係なんです?」
「なっ――」名前は瞬く間に真っ赤になった。「――あ! ちょ、まち、あ、あああああ!」
 赤い光と共にフィールドに現れたのは、先と同じサンドパンだ。
 体力が三分の一ほど残っているスターミーだが、持ち前の素早さは変わらない。呆気なく沈むサンドパンに、名前が頭を抱える。恐らく、先制攻撃技を持っているホルードを出すつもりだったのだろう。何となく悪いことをした気がして謝れば、名前は手をひらひらと動かした。その顔は依然として仄かに赤い。
 結局、この日のバトルはガメノデスのシェルブレードが勝敗を分けるに至った。


 カロスリーグの隣に併設されているポケモンセンター、そのロビーで名前と二人、並んで座る。
 リーグ関係者には、それ専用の回復施設が設けられている。その為、ズミは四天王になってからというもの、あまり此方のポケモンセンターを利用したことはなかった。しかも、先程戦っていた挑戦者と共に、ポケモンの回復を待つなど――奇妙なことこの上ない。相手が名前なら尚更だ。

 あなたはパキラのことが好きなのですかと尋ねると、名前の顔は激しく歪んだ。それから暫くの間を置き、「別にそういうんじゃない」とか何とかごにょごにょと呟く。
「大体、何なんだ。何でおれは、こんな所で君とこんな話をしているんだ」
「あなたが敢えてタイプ相性の悪いわたしの所へ来るからです」
「くそっ……!」
 頭を抱える名前を、ズミは複雑な気持ちで眺めていた。
 ――ズミにとって、この男は未だ越えるべき壁のような存在だった。何度勝利を収めても満ち足りることはなく、それどころか、ポケモンを交える度にますます渇いていく。
 そんな名前が、バトル以外で感情を露わにしているのは、ズミにとっていやに奇妙な事に感じられた。考えてみれば、四天王の間以外でこの男と顔を付き合わせるのは初めてかもしれない。

 追及を重ねると、やがて名前は「あんなに麗しい人は居ないだろう……」と消え入るような声で言った。パキラの容姿が優れていることはズミも認めるし、名前の気持ちも解らないではないが、やはりこの男がポケモンバトル以外のことで表情を変えているのは些か妙な心地だった。
 その後、たまたま居合わせたパキラが名前に「どうもありがとう」と微笑むのと、真っ赤になった名前が手持ちの回復も待たずに逃げ出すのは、また別の話だ。

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