ズミはいつも、挑戦者には一つの問い掛けをすることにしている。ポケモンバトルは芸術になり得るか、それとも否か。一見答えの無い禅問答にも見えるが、ズミにとってこの問いには深い意味があった。
 ポケモンバトルとは、芸術である。
 ――少なくとも、ズミはそう考えている。もちろん万人がそう思っているわけではないことは百も承知だ。しかし、だからこそ見えてくるものがある。例え戦う相手がバトルを芸術と捉えておらずとも、ズミにとってのそれはただただ芸術に等しい。トレーナーがどのように思い、どのように考えているか……そこに芸術を見出すズミにとって、この問答はその足掛かりとなるものであった。
 是なら相手が見出す芸術観を、否なら勝負をどう捉えているのか。それを追及することもまた、ポケモンバトルの楽しみの一つだった。「お尋ねしたいことがあります。ポケモン勝負は――」


 後ろを振り返ったズミは、これでもかとばかりに顔を顰めた。見覚えのある顔――むしろ見慣れた顔がそこにあったからだ。
 カロスリーグ四天王、水門の間を預かる者として、チャレンジャーについて特別に何かを思うことはない。しいて言うなら、そこに美学があれば好ましい。一度の敗北で諦める者、反対にカロスの頂点に立とうと何度も訪れる者だって居る。そこに共通しているのは、皆が皆、「門」を越えようとしているということだ。
 しかし、この男は違う。
「ふふ、また来たぞズミくん」びしっと指を差しながら、名前。「ちなみに答えは「はい」だ。おれは「いいえ」を言わない男だからな!」
 人を指差すなとママンに教わらなかったのかと、ズミが呆れ半分に見ていると、名前にはそれが伝わらなかったのだろう、不思議そうに首を傾げた。
「まあ良いさ。ともかくバトルを始めよう」
「……あなたまた来たんですか」
「ああ、来たぞ!」名前は笑った。「君を倒して四天王の座を奪い返すまで、何度でも来るぞ!」
 からからと笑っている名前に、ズミはあからさまに溜息を吐いた。
 今日は君を倒す為にとっておきを連れてきたんだからな、とか何とか主張している名前は、ズミの前任者だった。つまり、元カロスリーグ四天王の一人だ。

 ――例え気が乗らなくても、リーグ規定としてチャレンジャーの挑戦は拒むことができない。ズミは密かに溜息を洩らしながら、モンスターボールを手に取った。勝負は既に、始まっているのだ。



 重々しい地響きと共に、名前のドサイドンが膝をついた。いくら名前の手持ち一のタフガイとはいえ、地面と岩、その両方の弱点を攻められれば、耐えられるわけもない。
 名前に残るポケモンはあと二体。いや、確かにこの日、ズミはまだ彼の手持ちを二匹しか見ていないから、まだ四体残っている可能性もあるにはある。しかし、この男はたいそう律儀で、四天王戦を想定しているのか使うポケモンはいつも四体と決まっていた。――その事もズミがこの男を癪に思っている理由の一つなのだが、それはまあ置いておく。
 先鋒にホルード、次鋒にドサイドンと珍しい順だったが(彼は大抵、カバルドンを最初に出すのだ)、やはりズミの方が一枚上手だった。しかしながら、悔しそうな面持ちでボールへと戻した名前も、ズミの視線に気付くとその表情はパッと変わった。笑っている。
「ふっふっふ……ついにこの日が来てしまったなズミくん。ついに、おれに! 秘密兵器を! 使わせるとは!」
「御託は良いのでさっさとその秘密兵器とやらを出してください」
「……つれないなァ」
 ぴしゃりとズミが言えば、名前は口を尖らせた。こう言ってはなんだが、顔はそれなりに若く見えるとはいえ、自分より年上のオッサンにやられて嬉しい仕草ではない。場に出ていたガメノデスがちらりとズミを振り返ったが(このガメノデスは名前の暑苦しいノリを割と好んでいる)、ズミが口を引き結んでいるのを見るとすぐに前を向いた。
 しかし、名前の手から解き放たれたポケモンを見て、ズミはすぐに頭を切り替える。
「何をそこまで得意になっているのかと思いましたが、なるほど……トリトドンですか」
 ぽわーお、と、赤い軟体動物が独特の鳴き声を放った。

 ズミは頭をフル回転させ、トリトドンについての知識を漁る。カロス地方には生息していないポケモンだったが、見たのが初めてというわけではないし、ポケモンについての基本的な知識は叩き込んでいる。――水ポケモンなら尚の事だ。
 トリトドン。水と地面タイプを複合していて、その特性は粘着と、呼び水。
「――戻りなさい」
「おっ?」
 にやにやと笑い始めた名前を無視して、ズミは控えのボールを探る。大方、ズミに打つ手なしと判断したのではあるまいか。――この男は四天王としての実力こそあれ、感情が顔に出るのが玉に瑕だ。

 戻らせたガメノデスの代わりに、ズミが出したのはヒトデマンの進化形、スターミーだ。
「ふふん、スターミーか」名前が笑う。「エスパー技でごり押すことにしたか。良いぞ、ポケモン勝負はそうでなきゃ――」
「スターミー、あの男の言うことなど気にしなくて結構」
 言葉を遮られた名前が仏頂面でズミを見遣るが、その顔はすぐに一変することとなる。
「スターミー、めざめるパワー」
「えっ、ちょ、ま――!」
 スターミーの赤い中心部が輝き出し、いくつもの光が球体となってコアの付近に収束していく。そして、その光は緑色だ。
 ――くさタイプのめざめるパワーは次々にトリトドンへ襲い掛かると、一撃で戦闘不能にさせたのだった。



 全身で悔しさを露わにしている名前に、ズミは嘆息する。あの後、二匹目のトリトドンが飛び出して来た時は(しかも色が違った。トリトドンは生息地によって、姿形が変わるのだ)驚いたが、結局はズミのスターミーの前に成す術なく散っていった。
「めざめるパワーは……予想外だった……」
「痴れ者が。このズミが、水技を封じられた際の対策を怠っているわけないだろう」
 ――トリトドンの特性の一つ、呼び水は、受けた水タイプの技を吸収して、自身の特殊攻撃力に変えてしまうという非常に厄介なものだった。水ポケモンを好んで使うズミにとって、天敵とも呼べる特性と言っても過言ではないだろう。
 しかしながら、ズミも四天王の一人だ。驚きこそするものの、対処が解らず困窮することは決して無い。「大体、特性よびみずは、交代際にこそ光るものでは? あなたがこのズミの攻撃を読んだ上でトリトドンに代えていれば、勝敗は解らなかったろうに。ポケモンの良さを存分に引き出してこそ、ポケモントレーナーというものだろうが」
「仰る通りで……」
 沈み込んでいる名前に、青いトリトドンが心配そうに擦り寄っている。どうやら、先程のバトルの後に、すぐに自己再生したようだ。体に怪我は見られず、全回復している。「すまんトリトドン、おれが弱いばっかりに!」とおんおん男泣きしている名前と、常の如くぽわぽわと鳴いているトリトドンを冷めた気持ちで眺めながら、ズミは口を開いた。どうしても一度、名前に言いたいことがあった。
「じめんタイプに拘るのなら、わたしではなくガンピかパキラの所へ行った方が良いのでは?」

 クロガネシティの名前、元カロスリーグ四天王の一人にして、土陵の間を預かっていた男。――彼は地面使いなのだ。


 ずずっと洟を啜り上げ、目元を擦りながら名前は言った。「ガンピさんには、何かと世話になったからな」
「恩を仇で返すようなことはできん」
「では、パキラは? 彼女はあなたがシンオウに立った後、四天王となった筈。あなたが義理立てする理由は見当たりませんが」
 火炎の間を任されている若い女は、炎タイプの使い手だった。彼女はズミが四天王になった少し後、同じく新たにカロスリーグの四天王となった。炎タイプの使い手で、地面タイプを好んで使う名前にとっては相性が良い筈だった。

「あの女は……」
「……あのひと?」
 ズミは名前の言葉を繰り返した。何の気なしに名前を見ていれば、その顔はまだらに染まっていく。
 やがて、名前の顔は見ている此方が照れてしまいそうなほど真っ赤に染まった。「べ、べ、別にあんな綺麗な人を勝負でいじめるようなま、真似したくないとかじゃな、ないぞ! もっ、元々、ズミくんを倒してこそ意味があるんだ! だっ、だから別に、か、彼女と会ったらき、緊張してバトルなんてできないとか、そ、そんなじゃないんだからな!」
 パッと立ち上がった名前はやはり赤い顔をしていたものの、動きは俊敏だった。
 瞬く間にトリトドンをボールへ戻し、「また来るからな!」と叫んで水門の間から走り去っていった。ズミは呆気に取られていたものの、やがて我に返った。不思議そうにコアを点滅させているスターミーの頭頂部を撫でてやりながら、今出ていった男のことを考える。
 どうも、妙な事を知ってしまった。

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