パイル大福

「そうねえ……」些か不安げな眼差しで自分を見詰める名前。そんな彼女を安心させたくて、マーシュは出来る限り平然とした声を装った。本当の事を言えば、戸惑っているのはマーシュの方なのだ。「うちは、いわとかドラゴンタイプのポケモンは、あんまり持ってへんさかい……そない詳しないんやけど、チゴラスも、ゴローンとおんなじ育て方でええと思うよ。水気とか、寒さに気を付けたったら……あ、もちろん水浴びはせん方がええやろね」
 いわタイプのポケモンは、タイプ相性上水を苦手としている。そのため、手入れをする時にも水は極力使わないようにしなければならなかった。タオル等で乾拭きをするか、ホルードなどの硬い毛でできた専用のブラシで毛並みを整えてやるかが一般的だ。どうしても汚れが目立つ時にも、水を出来る限り絞ったタオルで拭いてやるくらいだろう。そうでなければ、逆に体調を崩してしまう。
 いくらドラゴンタイプや言うても、やっぱり、いわタイプに水は良うないからねえ。マーシュがそう付け足すと、名前は少しばかりほっとした様子で頷いた。どうやら、彼女も同じ考えだったらしい。
 マーシュはポケモントレーナーではあるものの、フェアリータイプを好んでいる為、いわタイプのポケモンはあまり育てた経験がない(フェアリータイプを複合したいわタイプのポケモンは、メレシーしか見付かっていない)。その為基本的なことしか言えず、少々ばつの悪い思いをした。折角、名前が頼ってきてくれたというのに。
 大抵のことを自分一人ですませてしまう彼女が、こうして誰かを頼ることは(例え相手が親友のマーシュであっても)とても珍しいことだった。それほどまでに新しいポケモンとの接し方に不安を覚えていたのか、それとも――。
 マーシュがチゴラスの鼻面を撫でてやると、彼はぎゅっと目を瞑り、それから急いで名前の元へと駆け戻った。そこでぐるぐると甘え声を上げるものだから、マーシュも半ば呆れてしまう。
 これほど懐いているのなら、多少水をぶっかけようと、フロストケイブへ連れて行こうと、怒り出したりはしないのではないだろうか。ポケモンには好かれる方だと思っていたが、どうやらふられてしまったようだ。
 名前が遠慮がちに手を伸ばし、そっとその顎を擽ると、チゴラスは気持ち良さそうに目を細め、ますます甘えたような声を出した。

 今度、おんがえしの技マシンでも貸してあげるべきかもしれないな。マーシュはそんなことを思いながら、親友とその新しいポケモンを眺めた。
 現在では絶滅してしまい、コウジンタウンの研究所で化石を復元することでしか手に入らないチゴラスは、それなりに珍しいポケモンだと言えるだろう。レベルはせいぜい二十といったところか。すると、このチゴラスは化石から復元されたばかりと考えても良い。
 ――ポケモンの化石は、普通、進化前のポケモンしか残らない。ポケモンのタマゴがどこから運ばれてくるのかを見た者が居ないのと同じように、ガチゴラスやアマルルガなど、一度進化をしたポケモンの化石は未だ発見されていなかった。学者達は色々と理屈を付け、ああだこうだと言い合っているが、マーシュはそれもポケモンの神秘の一つなのだろうと考えている。
 また、復元できる化石、復元しやすい化石も様々で、人工的に化石を復元する際に最も適しているのが、二十レベル前後のポケモンの化石なのだそうだ。あまりに幼過ぎれば復元の際の圧力に耐えられず、また育ち過ぎていれば今度は人間側が制御できない。

 どうやら名前にとても懐いているらしいチゴラスは、四六時中名前の側に居たがるようだった。ニ・リューが休みの今だから良いが、店が再開してからは少し困るかもしれないと、名前は苦笑していた。ポケモンバトルを苦手としている彼女は、バトル役になりたくないからこそゴローン一体しか連れていないのだ。いや、確かにトレーナーとして旅をしている時も、それほど大勢連れ歩いていたわけでもなかったように思うが、それでもまさかゴローン一匹で各地のジムを回ってはいない。
 ちなみに、彼女が持っている他のポケモンは、今現在エンジュの実家でのんびりと暮らしている。元から暢気な子達が揃っていたのだと、以前名前が言っていた。
「せやけど」マーシュが言った。「うちに聞かんでも、ザクロはんに聞いたらよかったのと違う?」
 名前は顔を上げた。怪訝そうにマーシュを見詰めている。
「ザクロさん? どうして?」
「いわタイプのリーダーさんやしなあ。それに、最近よう会うとるんと違うの?」
「……ザクロさんに聞いたんだ?」
 困ったように笑った名前に、マーシュはほんの少しだけ違和感を抱いた。


 マーシュはザクロの恋を応援していた――友人として。
 ポケモンバトルをするか、さもなくば体を動かすかしか能がないザクロが、こうも一人の女性に入れ込むのを見たのは、マーシュはもちろん、彼と付き合いの長いズミも初めてのことだった。マーシュは正直、彼は女に興味が無いのだろうかとすら考えたこともある。そして真面目で実直な彼が恋をしたのは、同じく真面目で誠実な、マーシュの親友だった。
 実のところ、マーシュはザクロ本人がそれと認めるよりも前に、彼が名前に惹かれているのだろうことは解っていた。常に高みを目指し切磋琢磨しているザクロが、同じくひたすらに菓子作りを究めようと日々努力している名前を好きになるのは、さほどおかしな話ではない。
 彼らはその人となりも、性格も、考え方すらもよく似ている。そもそもにして、あのかけがえのない友は、人に好かれることはあれど、嫌われることなどない筈なのだ。
 まあ、いつぞやの食事会で打ち明けられた(正確には彼はマーシュ達の問いに否定しなかっただけで、自分から言い出したわけではない)時には驚いたが、それでもマーシュはザクロの恋路を応援したいと考えていた。
 ザクロのことは大切な友人の一人だと考えていたし、そんな彼になら、名前を渡しても良いかもしれないと、そう思っていた。
 ――名前の方も少なからずザクロに惹かれているのだろう、マーシュはそう考えていた。でなければ、わざわざ手作りの焼き菓子を持っていったりはしない筈だ。しかも一度だけではなく、休みがある度にだ。いくら彼女がとても思いやりのある人間だと言っても、限度というものがある。
 彼女に手料理を振る舞ってもらえるのは、少し前までは確かにマーシュの特権だったのだが。

 今までに――マーシュが名前の家を訪れて、食事を振る舞ってもらったことは数知れない。今日だってそうだ。彼女がわざわざ拵えてくれたパイルの実入りの大福はとても美味しかった。パイルの酸味と、小豆の優しい甘みとが混ざり合い、カロス風でありながら和菓子らしい味に仕上がっていた。
 柔らかな餅に包まれた甘い餡、その原材料である小豆は、遠くシンオウ地方から取り寄せたものだという。小豆の一粒だって、カロス地方で揃えようと思うならかなりの手間が掛かる筈なのに。名前はそれを、マーシュの為だけに用意し、作ってくれるのだ。
 ――しかしながら、マーシュが気まぐれに名前の家へ赴くことはあっても、名前がマーシュを呼び寄せることは今まで一度もなかった。それがこの日、先に声を掛けたのは名前の方だった。だから、マーシュは戸惑っていた。

 チゴラス。このポケモンが、それほど大切なのだろうか。何でも一人でできる名前が、マーシュに育て方を尋ねるほどに。それとも本当に、ただただ解らなかったのだろうか。確かに名前はポケモンバトルが苦手で、従ってあまりポケモンを育てた経験も無いに違いなかったが、それでも彼女のパートナーはゴローンだ。ゴローンをここまで育てることができたのだから、チゴラスだってそれほど難しくはない筈だった。
 もっとも、何となく見当は付いていた。しかし、マーシュの考えが合っているのなら、それこそザクロを頼れば良いだろうに。時折、この親友が何を考えているのか、よく解らなくなることがある。
「そう、そう」マーシュは頷いた。「うち、名前ちゃんがザクロはんと仲良うなってくれて、ほんま嬉しいわあ。みいんな仲良しさんやとええもんねえ。せやけど、名前ちゃん、教えてくれても良かったのと違う?」
 ザクロはんに惚気られたみたいで、何や変な感じやったわあ。マーシュが言うと、名前は再び苦笑を漏らした。「別に、ザクロさんとはそんなじゃないよ」

 やはり微かな違和感を感じるものの、マーシュにはそれが何なのか、はっきりとは解らなかった。実は交際しているのを隠している、という雰囲気でもない。しかし、彼女が触れて欲しくないと思っているのは明らかだ。
 マーシュは少しだけ、尋ねるべきかどうか判断に迷った。何が名前を困らせているのか、その理由を知りたかった。
「――あら、そうなん?」
 マーシュがこてりと首を傾げてみせると、名前は初めてくすくすと笑い、「そうそう」と相槌を打った。


 結局、マーシュは違和感の正体を尋ねなかった。ザクロのことは応援しているし、心からそうしたいと思ってもいるのだが、マーシュにとってはこの昔からの友人の方が大切なのだ。
 心の中でショウヨウのジムリーダーに謝りながら、マーシュはふと気付いたことを口に出した。「もしかして、そのチゴラス、ザクロはんに貰ったん?」
「ああ、うん。そうだよ、よく解ったね」
「ザクロはん、時間あったら輝きの洞窟行かはるからなあ……」
 呆れ交じりにマーシュがそう口にすれば、名前も笑いながら「輝きの洞窟は化石がよく見付かることで有名だからね」と付け足した。
 自分のことが話されていることを解っているのか、それともそうでないのか――あまり名前が構ってくれなくなったからだろう、チゴラスの尾が退屈そうに揺れている。大きな欠伸を零す彼に、マーシュはそっと微笑みを浮かべ、それから自分のボールを取り出した。赤い光に包まれて姿を現したのは、ついこの間生まれたばかりのマリルだ。
 丸い耳をピンと立てたマリルは、すぐさまチゴラスの元へ駆け寄った。チゴラスは最初煩わしげに顔を顰めていたが、やがて誘惑に逆らえなくなったのか、マリルと一緒になってばたばたと遊び始めた。互いの尻尾を追い掛け合ったり、じゃれ合ったりと、存外仲が良さそうだ。
 名前はチゴラスの方がマリルより一回り以上体が大きいことを気にしていたが、マリルはフェアリータイプだから大丈夫だろうと言うと、胸を撫で下ろしたようだった。

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