never give up

※NTR、強姦、微ヤンデレ

 本当に助かりましたと名前が言った時、ザクロは「困った時はお互い様ですから」と、ただ優しく微笑んでいた。


 ――カロス地方はその土地柄から、降水量がとても少ないことで有名だ。しかしながら、その為時折激しいにわか雨が各地を襲う。この日ショウヨウシティに来ていた名前は、気まぐれな土砂降りに襲われた。ザクロが通り掛かってくれなかったら、今でも雨に濡れて、途方に暮れていたに違いない。
 ショウヨウシティのジムリーダーである彼と、まったくの一般人である名前とが知り合ったのは、無論、ズミによるところが大きい。ザクロという男は、人の好き嫌いの激しい恋人が唯一――無論、名前を除いて――気を許せる相手だった。親友なのだと紹介された時も、彼ほどに穏やかな気質であれば、ズミとも上手く付き合えるのだろうと思ったことを覚えている。

 風邪を引いてはいけないからと、そう心苦しげに言ったザクロの言葉に甘えてしまったのは、彼が本当に名前を心配してくれているらしかったからだ。それ以外の理由はなかったし、そもそもある筈がなかった。
 雨に降られたのは無論、名前だけではない。ザクロの方とて程度は違えど、ずぶ濡れと言って差し支えがないほどには濡れている。できるだけ手早く済ませてしまわなければ。蛇口を捻れば湯が止まり、名前は小さく溜息をついた。そして、早々に浴室を出ようとした。しかしながら、名前の手がドアノブに触れるより先に、白い湯気は全て消え失せてしまっていた。

 戸口に立つザクロを見て、名前が何も言えなかったのは、まったく予想外の出来事に困惑し切ったからではなく、普段の彼とあまりにも様子が違っていたからだろう。名前の知るザクロという男は――こんなにも熱の籠った目で、名前を見詰めたりはしない。それに突然引き寄せて、キスをしたりもしない筈だ。
 触れる唇の冷たさに、ようやく名前は我に返った。
 押し返そうとしても、目の前の男はびくともしなかった。それどころか、手から伝わってくる冷たさに、名前の方がたじろいでしまう。やめて下さいと言おうとしたものの、開いた口の隙間から舌が入ってきて、ついに何をすることもできなくなった。どこもかしこも冷たいのに、舌だけ異様に熱を持っているのが気味が悪かった。――彼がおかしくなったのではなく、ごくごくまともなのだと証明されているようで。

 男はグラエナなのよ、と、そう歌っていたのは誰だっただろうか。彼が男だということを、私は忘れていたのだ。




 鳥ポケモンのさえずりと、仄かに漂っている潮の香りで、名前は目を覚ました。にぶい痛みを伴って、昨夜の記憶が鮮明に思い返される。あれは悪夢か、それとも幻か。
 寝起きは良い方ではないのになあとぼんやり思っていると、不意に影が差した。影の主を見て、名前は顔を顰める。名前の傍らに立ったザクロが、「コーヒーが良いですか、それとも紅茶?」と、至極普通に尋ねていたのだった。

「……コーヒー」名前が小さく言うと、ザクロはにっこりと笑う。
「角砂糖は三つ、それからミルクは無し。そうでしたよね?」
 何の返事もしない名前を見て、ザクロは「ズミが言っていましたよ」と肩を竦めた。そのまま背を向けた彼に、苛立ちに似た憤りが募っていく。同時に、自身に対する嫌悪感も。
「よく……よく、そんな、あの人の名前を呼べるわね」
「あの人?」キッチンに立ったザクロは、そう言って作業の手を止めた。いつの間に用意していたのか――恐らく、名前が目を覚ますずっと前から起きていたのだろう――湯は沸いており、煎られたコーヒー豆の香ばしい匂いが漂ってくる。「ズミのことですか?」
 振り返ったザクロは、不思議そうに首を傾げていた。「もちろん、わたしと彼は親友ですから」
 名前くらい呼びますよ、と、ザクロは言った。名前が眉を顰めると、ますます不思議そうに小首を傾げ、それから頭を掻く。どうやら、何故名前が怒っているのか、その理由を理解できていないらしい。
 しかしやがて何かを閃いたらしく、「ああ」と声を漏らした。腑に落ちたらしいザクロはそれから再び名前へ背を向け、作業を再開する。
「あなたがズミの恋人だからですか」

 マグカップを二つ手にし、ザクロは名前の元へと戻ってきた。名前が手近のシーツを引き寄せると、何ともまあ、愛おしげに目を細める。
 ――この男が狂っているのか、それとも名前の方が間違っているのか。
 カップの片方を名前に手渡したザクロは、名前のすぐ隣に腰を降ろした。それからコーヒーを一口飲み、ほうと息をつく。
「あなたは確かにズミの恋人です。しかし、わたしはあなたを愛している。それだけの話ですよ」
 何も言わない名前に何を思ったのか、「諦めようとも思いました。しかし、それはできなかったのです」とザクロは言葉を付け足した。そのしおらしげな様子を見ても、名前は何とも思わなかった。――どんな理由があろうとも、彼がしたことは許し難い事なのだ。
「あなた、頭おかしいんじゃないの」
「確かに、少し強引だったかもしれません。しかし、わたしがあなたを愛していることは事実です」
 情けなそうに言うザクロ。やはり、この男は気が狂っている。もしこれが正常だと言うのなら、名前の方が気が狂っているのでも構わない。


 眉を下げたまま、情けなそうにしていたザクロだったが、やがて不意に「でもこれで、わたしはこれからずっとあなたと一緒に居られますね」と嬉しそうに微笑んだ。
「……何を言っているのよ」
「そうではありませんか? それとも名前さん、あなたは名前も呼べないような男の元へ、素知らぬ顔のまま戻れるというのですか?」
 名前は身を強張らせた。この男は、いったい何を言っているのだ。
 ――これ以上、私から何を奪おうというのだ。
 手にしていたマグカップが震え、琥珀色の滴が垂れる。その様子をじっと眺めていたザクロは、目線を上げると先と同じように不思議そうに言った。
「それに、ズミだって嫌がるでしょう。恋人に裏切られたのですから」
「うらっ……!」
 絶句した名前を見たまま、ザクロは首に手をやった。そのまま小さく左右に動かす。こきり、と、微かな音が聞こえた気がした。
「名前さん、あなたは抵抗をしなかったじゃありませんか」
「し、したじゃない!」
 そうですか?と首を傾げたザクロは、もう一度コーヒーを口へ運んだ。
「どちらにせよ、ズミは良い気はしないと思いますよ。彼は不義理を何よりも嫌いますから」
 わたしから言いはしませんがね、とザクロは付け足した。

「あなたから無理強いされたんだって言うわ」名前が言った。「きっとあの人なら――」
「きっと、あなたを信じてくれる、ですか?」
 ザクロが言葉を引き継いだ。しかしながら、彼は驚きも焦りも見せず、むしろ普段通りの穏やかな口調で言葉を続ける。
「確かに、ズミはあなたを信じてくれるかもしれません。ですが名前さん、名前さんなら、たった半年付き合っただけの恋人と、十年来の親友と、どちらを信じますか?」
 彼が仮にあなたを信じたとしても、疑惑を全て拭い去ることはできないでしょうねと、ザクロは簡潔に言った。それから何も言わなくなった名前を見て、彼は幸せそうに微笑んでいた。

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