きょううん(悪い意味で)

 ズミは困惑していた。これほど戸惑ったのは、子供の頃にカメテテがガメノデスに進化した時以来ではないだろうか。当時はガメノデスの存在を知らなかったので、どうして急に手足が生えたのか解らずぎゃん泣きした。顔付きがすっかり変わってしまったことに気付き、また泣いた。今ではそのガメノデスもパーティーの大事な要だ。歳を取るごとに「段々ガメノデスに似てきたね?」などと揶揄されることも、それほど悪い気はしない。
 四天王の一角を担っているズミだったが、四天王である以前に一人のトレーナーだ。ポケモンバトルに負けたことだって何度もある。当然、最後の一匹が倒れた時の絶望感は知っていた。目の前が真っ暗になり、何も考えられなくなるようなあの感覚は、いくつになっても慣れやしない。水門の間で勝負に負け、くずおれる者は何度も目にしてきた。しかしながら――勝負をする前に、膝をつかれたのは初めてだ。

 振り返ると同時に目に入ったのは、同じ年頃と思われる男が顔を押さえて跪いているところだった。当然、ズミは困惑した。いつもの問い掛けも口から出ることはなく、代わりに飛び出したのは「だ、大丈夫ですか」という安否を気遣う言葉だった。カロスリーグの四天王となって幾年が経つが、こんな経験は初めてだ。
 男は消え入るような声で、「平気です……」と呟いた。それがますますズミを不安にさせる。
「本当に大丈夫なのですか。気分が悪いのなら、挑戦を中断することも可能ですが」
 ズミはそう言葉を紡ぎながらも、この男が四天王の中で一番最初に水門の間を訪れたことは知っていた。すると、挑戦の途中で調子を崩したというわけでもあるまい。第一、リーグまで辿り着くような実力の持ち主が、緊張や不安で気分が悪くなるというのも妙な話だ。
 内心で首を傾げていると、男がゆらりと立ち上がった。見覚えのない顔だ。カントー系の顔立ちは珍しいから、勘違いというわけではないだろう。
「いやあ、ほんと、平気です。ご心配をおかけしまして」男は顔色は悪いままだったが、かろうじて笑みらしきものを浮かべていた。「ところで、突然なんですけど……」
「なんです」
「俺と一緒に写真撮ってください」
「……は?」


 男はハナダシティの名前と名乗った。彼が言うには、ズミに二人で写真に写って欲しいのだという。リーグまで来た記念ということだろうかと思い、わけを尋ねれば、男は再び「いやあ……」と言った。あどけなさの残る顔付きをしている割に、頭に手をやって言いよどんでいる様子は大人のそれだった。
「俺、水タイプ好きのトレーナーの彼女を作るのが目的で」
「は?」
「それで水ポケモン使いを巡って、各地をまわっているんですけど、その思い出みたいな感じで、会ったトレーナーさんと写真を撮ってもらってて」
「はあ……」
「四天王さんが水ポケモンの使い手ってことは知ってたけど、良ければ一緒に写真撮って貰えないかなって。あ、もちろん嫌なら良いんですけど」
 ははは、と弱々しく笑う名前に、ズミは何と答えれば良いのか解らなかった。この男の憔悴っぷりが哀れだったのと、彼の言葉の意味を理解しかねたのとがその理由だ。
「あなたは……恋人を作る為に? このズミのところまで来た? と?」
 ズミの困惑が伝わったのか、名前はぶんぶんと手を振る。「あ、いや、男が好きとかじゃ! なくてですね!」
「その……カロス地方の四天王に水ポケモンの使い手が居るとだけ聞いたんですけど、その時は男か女かを知らなかったので、どうせなら知らないまま挑もうと思いまして。一種の願掛けみたいなつもりで」
「願掛け?」
「俺、ほんとに水ポケモン好きの女性と縁が無くて」
 そう言いながら彼は目を逸らしたが、いやに真実味のある言葉だった。
 ズミが再び「はあ……」と相槌を打てば、彼は何を思ったのか本当に出会いが無いのだと強く主張し始めた。やれ海にナンパに出ても海パン野郎しか捕まらないだの、かと思ってジムを巡れば男のジムリーダーばかりだだの。挙げ句の果てに、彼曰く思い出アルバムをズミに差し出した。
 些か興味が湧き、拝見しますと受け取って中を見てみれば、確かにどのページも圧倒的に男が多い。というか八割海パン野郎だ。ページを追うごとに、名前の笑顔が弱々しいものになっていくのが心苦しかった。各地方のジムリーダーや、ホウエンのチャンピオンといった強者の顔触れもちらほら見受けられるのは、突っ込みどころだろうか。
「確かに……これは……」
「でしょう? 無いんですよ、出会いが」
 いっそ整形でもすれば良いんですかね、とズミの顔を見ながら口にする名前の、その目は濁り切っていた。こわい。
「しかし……まったく無いというわけではないでしょう。ビーチに居る女性は、水ポケモンを好いている方が多いと思いますが」
 写真の背景はその大多数が海だった。ポケモントレーナーなら勝ちたいと思うのは当然で、その為自分のポケモンに有利な場所を求めるのはごく普通のことだった。水ポケモンが好きならば海辺や川縁をテリトリーとしている者が多く、岩ポケモンが好きなら山や洞窟なんかを好んで訪れる者が多い。また、単に自分のポケモンが喜ぶからと砂浜に足を運ぶ者も居るだろう。もっともそれを解っているからこそ、名前も海に赴いているに違いなかった。
「その筈なんですけど、出会わなくて……」
 ラブラブカップルには会いますけどねと呟くように言った名前は、この世の終わりのような顔をしていた。とてもこわい。
「……確か、カントー地方のジムリーダーに、女性の水使いの方がいらっしゃったと思うんですが」
「ああ……カスミのことですか。俺、あいつとは友達なんですけど、あいつを見返したくて水ポケモン好きの彼女を作りたいっていうあれもあるんです」
「そうですか……」
 それ答え出てるんじゃねえの、と思わないでもなかったが、結局ズミは口にしなかった。名前は、四天王さんが男だったら、もう出会いは諦めようと思ってたんですと小さく言った。

 それで、良かったら一緒に写真を撮って欲しいんですけど、とへらりと笑う名前に頷こうとした瞬間、唐突にズミは気が付いた。
 ――すると何か、ここに来た時彼が絶望している様子だったのも、このズミが男だったからなのか。
 そう考え至った瞬間、不思議と胸の辺りがざわついた。そりゃ、女性との出会いを求めて来た先に居たのが男だったなら、さぞがっかりする事だろう。しかしながらそれを隠す素振りすら見せないというのは失礼だし、それに何か、このズミが恋人にするに値しない男だとでも。自分を諦めのだしに使われるのも気に食わない。

 ズミは、ノーマルな男である。もちろん好んで使うのは水タイプのポケモンだが、ズミ自身はまったくもってノーマルな男である。これまでに交際したことがある相手は全て女性だし、自分が男とどうこうするなど考えたこともない。しかし名前の諦め切った表情が、ズミの中の何かを燃え立たせた。この諦め癖が付いた男が他にはどんな表情をするのか――恋人を前にどんな顔で愛を囁くのか、それを知りたいと思った。
 写真は構いませんが私が勝ったら交際して下さいと言えば、名前はどん引きした。ついでにバトルにも負けた。出会い厨なんてみんな糞だ。

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