M市

 とある土曜日、祖父シルバーファングの代わりに名前が号令をかけると、門下生達は一様に応と返事をして普段通りの稽古に移った。やっぱり、こうして祖父の代理を務めるのはまだ少し緊張する。さて俺はどうしようかなあと思っていると、ひどく不思議そうな顔をしたガロウに声を掛けられた。
「ジジイはどうしたんだ?」
 何でバングでなくお前が、と尋ねる彼に、名前は笑いながら答えた。
「じいちゃんが留守だから俺が代理。S級集会なんだって」
「S級……集会……?」
 予想通りガロウが少しだけ眉を寄せたので、名前はからからと笑った。


 A市のヒーロー協会本部、そこでS級ヒーロー達の緊急集会は行われていた。どうやら一週間以内に危険生物の群れがM市周辺を襲う為、その近辺を中心に活動して欲しいとのことだった。例の大予言者、シババワの予言だそうで、その信憑性は言うに及ばない。
 集会が終わると、S級ヒーロー達は三々五々散っていった。もっとも始めから全員が集まっていたわけではないのだが。シルバーファングの記憶が正しければ、今現在S級ヒーローは九人居る。しかし今回のS級集会は僅か五人ほどしか出席していなかった。
 超能力者だという戦慄のタツマキが宙を飛んで出ていった後、バングもゆっくりと腰を上げた。
 一週間の内、いつ危険生物の群れが出現するかは解らない。しかし、バングはM市に留まることに決めた。来ると解っている災害を見て見ぬふりできるほど、薄情な男ではないのだ。バングを悩ませるのは、自身の道場を一度閉めるべきか、それとも師範の代理を立てておくべきかという一点のみだった。
「シルバーファングさん」
 名を呼ばれて振り返ってみれば、珍しいことに、呼び止めたのはタンクトップマスターだった。

「なんじゃい、タンクトップマスター」
 バングはそう言って、自分の目の前に立った青年を見上げた。精悍な顔付きに、鍛え上げられた肢体は彼の実力が並大抵ではないことを物語っている。しかし、バングは不思議に思う。互いに顔を知ってはいたが、彼がこうして話し掛けてきたのはこれが初めてかもしれなかった。するとどういった用件があるのか。
「一つお尋ねしたいことがあるのだが――」タンクトップマスターはそう切り出した。「――先日、あなたの門下の者に私の所の者が世話になったと聞いた」
 ご存じないか、と尋ねるタンクトップマスターに、バングは僅かに首を傾げた。
 彼が語ったのはこうだ。先日、タンクトップマスターの舎弟であるC級ヒーローが、怪人にやられそうになっていたところを通りすがりの誰かに助けられた。その誰かの動きは流水岩砕拳のそれで、成人した人間大の怪人をいとも簡単に吹き飛ばしてみせた。
「知らんな。いつのことじゃ?」
「六月の初めだったと思う」
 先月のことをざっと思い返してみても、生憎とバングには心当たりがなかった。確かにZ市は他と比べて怪人が多く出るし、遭遇することも多いだろう。しかしいくら自分の門下の者でも、怪人を倒せてしまうほど実力がある者などたかが知れているし、仮に怪人を倒せたとなれば有頂天になって吹聴していてもおかしくない。バングはいつも道場に居たし、そんな自慢話があれば耳にしている筈だ。
 タンクトップマスターは、一度会って礼が言いたいと言った。
「覚えがないのう。本当に流水岩砕拳を使っとったんか? 他に特徴は?」
「男子高校生だったらしい」
 Z市の高校の制服を着ていたそうだ、とタンクトップマスターは付け足した。しかしバングには、あっ、と閃いたことがある。「それ、ワシの孫かもしれん」

 タンクトップマスターは少しだけ目を見開いた。
「お孫さん?」
 バングは頷く。自分の門下の者でも怪人を倒せるような実力、そして度胸を持った者はなかなか居ない事、しかしその両方を兼ね備え、尚且つ高校に通っている者は一人しか居ない事を告げた。しかも名前は、そこらの格闘家よりよほど強いにも関わらず、自慢や偉ぶったりすることが嫌いと来ている。タンクトップマスターは半信半疑だったが、その後やってきたアトミック侍の登場によって、意見を改めたらしかった。
「名前の強さなら俺も保証するぜ」どうやら話を聞いていたらしいアトミック侍は、そう言ってにやりと笑った。「うちのイアイと互角に張り合えるのは、名前くらいだからな」
 そんなに強いのかと驚くタンクトップマスターと、随分名前のことを高く評価しているらしいアトミック侍を前に、バングもある種の誇らしさを感じていた。孫を褒められて悪い気になる奴などそうは居ないだろう。今度家に帰ったら褒めてやるべきだろうか。アトミック侍が言った。「おいシルバーファング、名前に言っとけ。イアイが待ってるから、今度はちゃんと来いってよ」
 二人のやり取りを見ていたタンクトップマスターは、今度改めて礼を言いに行くとシルバーファングに告げた後、去っていった。

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