ヒーロー

「名前ー? そろそろ帰ろうぜ」
 おう、と返事を返しながら、出しっぱなしだった道具を片付け、ボストンバッグを手に取った。

「もうすぐ体育祭だよな? 来週だっけ?」
「来週来週。来週の水曜。お前ら何出るんだ? 俺綱引き」
「借り物」
「俺も借り物。名前は?」
「400とスウェーデンと部活対抗だったかな」
 部活仲間達は三人揃ってゲエッと叫んだ。「馬鹿か!」
「これだから運動のできる輩は……!」
「ちょっと待て、それで全員リレーも合せると……?」
「あ、四つか」
 友人達は再び叫び声を上げ、今度は名前に同情するような視線を向けた。「体力馬鹿……」「脳筋……」「断れない男……」とひそひそ声が聞こえてくるが、決して悪い奴らじゃない。同じ部の仲間として、良い友人に恵まれたと思う。
 名前が所属しているのは土日に活動の無い文化系のクラブだったが、四月の頭の体力テストや、同じ中学出身の連中のおかげで、運動神経の良い奴という烙印を押されていた。頼られる分には良いのだが、クラス全員からかかる期待は重く、上手く行かなかった時のことを考えると憂鬱になる。
「何なら代わってやろうか」
 半ば冗談交じりに名前がそう言った時、道の向こう側を自転車が一台走り抜けていった。その格好から、競輪選手が練習でもしているのかと思ったが、どうやら違うらしい。友人の一人が気のない声で言った。「おー、無免ライダーだ」


「ヒーロー? あんなマイナーなのよく知ってんな」
「Z市出身みたいだったから。ローカルのニュースに出ててさ。でもこんな時間でも居るんだな……正義活動ってやつ?」
「パトロールだろうな、うん」
 四人は何の気なしにその背を見送った。
「やっぱりヒーローって偉いよなあ」
 名前がそう呟くと、友人達は三者三様に頷いた。「そりゃな」
「誰かの為に、なんてできる事じゃないだろ」
 彼らはそれぞれヒーローについて喋り始めたが――やれヒーローは偉いだの、ヒーローネームはもう少しどうにかならないのかだの――名前は彼らの言葉を聞きながら、ガロウのことを思い出していた。

 名前はヒーローに何人か知り合いが居るので、彼らが実際どんな人間かをいくらか知っていた。彼らはごく普通の人間であり、同時に正義心の塊だ。先の自転車乗り、無免ライダーのことも名前は何となく知っていた。名前がZ市に住んでいる為、そこを拠点としているらしい彼の姿はよく見るのだ。
 自分の祖父シルバーファングや、そんな無免ライダーは、とても善良な人間で、いかにも“ヒーロー”という存在に相応しいように思う。もちろん贔屓目もあるだろうが――ガロウが何故ああもヒーローを毛嫌いしているのか、名前にはその理由が解らない。友人達の様子を見るに、ヒーローは世間的に必要とされている存在の筈。それなのにだ。
 ――別に嫌いなら嫌いで、構いやしないのだが。
 人間誰しもどうしても嫌いなものは存在する。名前がライティングの授業を嫌っているように。嫌いを表に出さないことは必要だが、それは必ずしも好きにならなければならないわけじゃない。少なくとも名前はそう思う。ガロウがヒーローを嫌いだからといって何ら悪いことじゃない。しかし名前は、何故かガロウがヒーローを嫌っている理由を知りたいと思っていた。
 突然、部活の友達でなく誰か別の声が名前を呼んだ。顔を上げると、前方にガロウその人が立っていた。

「……ガロウ? こんな所で何やってんだ?」
 ガロウは名前の問いには答えず、名前の周囲をじろじろと見遣った。「友達か?」
「おう。同じ部活の……何だお前ら」
 振り返った先、友人達は皆固まって名前とガロウを見ていた。耳を澄ましてみれば、「不良……」「目付き悪い……」「恐喝……」などと小さく聞こえてくる。ガロウは目付きが悪いからだろう、名前とガロウが友達だとは思わなかったらしい。道場の門下生仲間だと紹介すると、友人達はいくらか納得したようだった。
 ガロウは米神をひくつかせていたものの怒鳴ったりはせず、「買い出しだよ」と小さく言ったのだった。

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