煙草あじの

 微かな衣擦れの音で、名前は目を覚ました。一、二度、ゆっくり目を瞬くと、見慣れぬ部屋の光景が薄ぼんやりと広がる。普段と違う、ベッドの感触。ああそうだ−−昨夜のことを、名前はありありと思い出した。
 煙草の匂いが鼻を掠めた。
 ノボリさんは僕が見ていることに気が付くと、「しまった」という顔をした。
「起きてたんですか」
「いま起きたんです」
 同じことでございます、とか何とかノボリはぶつぶつ言い、名前は小さく笑った。


 名前が「吸ってていいですよ」と言ったので、部屋の中は煙草の匂いでいっぱいだ。ノボリは意外そうに名前を見たものの、火を消しはしなかった。彼は普段、名前の前で煙草を吸うことはしない。名前が煙草を嫌いだからだ。
 相も変わらず好きになれない独特の香りを、すんと嗅ぐ。やはり好きになれない。
「おいしいですか、煙草」
 尋ねると、ノボリはちらりと名前を見て、ええまあと頷いた。ノボリの呼吸と呼応して、小さな火は揺らめいている。
「なんなら吸ってみますか」
「遠慮します……」
「そうでしょうね」ノボリさんは肩を揺らした。
「ただ、ノボリさんが吸ってるの見てると、おいしそうに思えてきて」
 まあ、でも、やっぱり嫌いです。そう言うと、ノボリさんは今度こそ小さく声を漏らして笑った。

 ふと、部屋の中が暗くなる。原因はすぐに知れた。ノボリが煙草の火を消したのだ。
 おやと思っていると、そのまま軽いキスをされた。それが二度、三度と続く。何度目かのキスの後、やっとノボリは名前の無言の抗議に応えてくれた。
「まだ時間はありますから」
 視線を逸らしたままそう呟くノボリは、言い訳をする子供のようだった。

 煙草、ちょっとなら好きになれるかもしれない。

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