いじっぱりペンドラー

 ペンドラーは申し訳なさそうに自分を見遣るデンチュラやイワパレス達から顔を背け、それから人知れず歯噛みした。もちろん、ペンドラーに歯は無い。だから実際は、そんな気分になっているだけだ。しかしながら、ぎりり、と、鳴る筈のない音が聞こえたような気がした。

 ペンドラーと名前の付き合いは長い。相棒として共に生活し始めてから、もう十数年が経っただろうか。出会った当初は園児だった彼女は、いつの間にかエリートトレーナーとして各地に名を馳せていた。そしてフシデはいつの間にかホイーガになり、そして先日ペンドラーへと進化した。
 ペンドラーにとって、名前は良き理解者であり、最も親しい友であり、何物にも代えがたいほど愛しい存在だった。彼女の為に自分はある、そう信じていた。
 今、名前はペンドラーと同じく手持ちのデンチュラの頭を撫でながら、何事かを思案している。おそらく、次の目的地をどこにするかと考えているのだろう。
 時折こっちを見遣るデンチュラのやつは、パートナーであるペンドラーを差し置いて名前に構われている事に対し、罪悪感を感じてはいるらしい。が、それでも大好きなトレーナーに可愛がられることへの嬉しさは抑えられず、うっとりと目を細めている。ペンドラーにはそれが癪に障る。
 名前という人間はひどくスキンシップを好んでいた。ペンドラーは他の人間の手持ちになったことはなかったので他と比較はできないのだが、その考えは多分間違いではないだろう。名前はポケモンとの触れ合いを何よりも大事にしている。バトルが終われば褒めるのは当たり前、食う寝る以外の全ての時間をポケモンを可愛がることに費やしていると言っても過言ではなかった。何かを考えながらポケモンを構うのも、これが初めてではない。
 しかしペンドラーは、ここ最近名前に撫でられた記憶がない。
 別に名前との仲が悪くなったわけではない。断じてそうではない。ただ、ペンドラーがペンドラーであることが問題だった。
 ペンドラーというポケモンは、全長が2.5メートルある。もちろん個体によって多少の差異はあるわけだが、ペンドラーは中でも大きい方で、角まで含めると3メートル近かった。つまり、ごく普通の人間の雌である名前とは非常に体格差があるのだ。頭を撫でようにも手が届かないし、抱き着こうとすると首元の足が彼女を突き刺してしまうかもしれない。ペンドラーが頭を下げれば済む話ではあるのだが、いじっぱりなペンドラーには到底無理な要求だ。恥ずかしいではないか。

 ――彼女に頭を撫でられたくないわけではないのだ。ないのだが、自分のプライドがそれを邪魔をする。本心では、ペンドラーはもっと彼女に甘えたかった。以前と同じように。フシデだった時、ホイーガだった時も、ペンドラーは今と変わらずいじっぱりだった。しかし、当時は今ほど彼女との大きさに差が無かった。むしろ、フシデだった頃は名前の方が大きかったのだ。それが今ではすっかり逆転し、ペンドラーはずっと彼女を見下げている。
 名前の方が大きかった時、自分から素直に甘えられないフシデに対しても、名前は優しく手を伸ばしてくれた。当時の彼女がペンドラーの性格を理解していたとは思わないが、彼女はペンドラーが望むものをくれたのだ。しかし今、些細なプライドがそれの邪魔をする。いつの間にかペンドラー達の間にふれあいは無くなり、彼女が他の手持ちポケモンを可愛がっているのをただ見ているのが当たり前になってしまった。
 ペンドラーは知り合いのバシャーモ――野生のポケモンならともかく、ペンドラーのように人間と暮らしているポケモンの知り合いなどさほど多くない。このバシャーモも、名前の友達の手持ちポケモンだ――のことを思った。あのバシャーモはトレーナーへの愛情が半端じゃない。病的なまでの執着心に、トレーナーが気付いていないことは良い事なのか悪い事なのか。どちらにせよ、あのバシャーモのように素直に好意を伝えられればこうして悩むこともなかっただろう。かと言って、ペンドラーが奴のように愛情を示せるわけじゃない。

 名前達に背を向け、ペンドラーはそっと溜息を吐いた。妙な意地など張らず、ただ頭を下げて擦り寄れば良いのだ。しかし、名前も名前だ、他の連中ばかり可愛がって。一番の仲良しはペンドラーだというのに――。
 暖かく柔らかな何かが頭に触れ、ペンドラーは飛び上った。後ろを振り返れば、すぐ近くに名前が居た。しかも、ペンドラーより目線が上で。「あは、最初からこうしたら良かった」
 ペンドラーがちらりと下へ目を向けると、名前の足元にはイワパレスが居て、ペンドラーと目が合うと嬉しそうに笑った。同時に背中の殻が揺れるが、その上に乗っている名前は少しも気にしていない。イワパレスの隣に居るデンチュラもにこにこと笑っていて、ペンドラーは少しだけ居心地が悪かった。畜生こいつら、見るんじゃない。しかし視線を逸らしながらも、愛しい彼女の手には抗えなかった。

[ 722/832 ]

[*prev] [next#]
[モドル]
[しおりを挟む]



×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -