さみしがりバシャーモ

 トクサネに帰ってきたのは、家を出てからまる五日が経った後だった。本当は三日で帰るつもりだったのだ。嘘ではない。しかし生憎の悪天候で、なかなか海に出ることができなかったのだ。そらをとぶを使えるポケモンが居ないわけでもなかったのだが、元から空を飛ぶより海を渡る方が好きだったので、吹き荒れる嵐の中、慣れない空中飛行に挑もうという気にはなれなかった。無理をして家に帰ろうとするより、カルデラの中で嵐が止むのを待つ方が良いと判断した。
 ジムバッジも手に入れたというのに、家路への足取りはやけに重かった。

 今日はロケットが打ち上げられる筈だったけれど、無事に行われたのだろうか――そんなことを考えながら、家の戸に鍵を差し込む。それから名前の身を襲ったのは、かなりの威力で繰り出されたとっしん攻撃だった。
 名前だってそりゃ、ポケモントレーナーの端くれなのだから、当然ポケモンの攻撃を食らうのはこれが初めてではなかった。しかし相手は二メートル近い身長があって、おまけに素早さが六段階も上昇しているものだから、いくら何でも受け止められる筈もない。名前を冷たい玄関に押し倒したのは、名前の手持ちポケモンの一匹、もうかポケモンのバシャーモだった。
「……ただいま、バシャーモ」
 痛みをぐっと堪えながら――ポケモンを不安にさせるわけにはいかない――そう声に出せば、顔を上げたバシャーモは、今にも泣き出してしまいそうな表情をしていた。


 名前が危惧していたのは、これだった。
 バシャーモはさみしがりな性格をしていた。が、最近はその寂しがり具合が日常生活に支障をきたす程になっていた。四六時中名前と共に居たがるし、ちょっとでも離れるとすぐに鳴き喚く。情緒不安定だ、ポケモンなのに。近頃では名前が他のポケモンを可愛がるだけで怒り出すので、どうやら寂しがるだけでなく、トレーナーに対しても執着しているらしい。
 三日間。三日間だけ、名前はバシャーモと離れることになった。実際は五日だったが。そのおかげで今、バシャーモは抱っこちゃん人形の如く名前にしがみ付いている。こんなに暖かい人形は他にないだろう。断言できる。ぎゅうぎゅうと抱き締められながら、青痣になっているだろう臀部を診るのはもう少し後になりそうだと、名前は内心で溜息を吐いた。

 別に、さみしがりなバシャーモが鬱陶しいからと、わざと家に置いていったのではない。先日挑戦したジム、ルネジムは水タイプポケモンのジムだったので、炎タイプのバシャーモは相性は最悪だった。単にそれだけの話なのだ。もちろん、予定が長引いてしまったことは申し訳ないと思っている。しかしジムを攻略するにあたり対策を練るのは当然だし、結果的に草タイプや電気タイプのポケモンを多く連れていくのもおかしい話じゃない。バシャーモも解っている筈だ。
 現に、名前は何度も言い聞かせた。水タイプのジムだから、おまえは連れていけないよ。でも、おまえが嫌いになったわけじゃないんだよ。
 さみしがりなバシャーモが辛い思いをしないようにと、一緒に何匹かのポケモンを残していたのだが、どうやらそれだけでは足りなかったようだった。むしろ今、彼らとバシャーモの間には妙な距離感がある。フライゴンなんかは特に仲が良かったような気がするのだけど。じゃれ合うでもなく、ただ黙って名前とバシャーモを眺めている彼らをボールに戻してから、名前は改めてバシャーモに向き直った。その背を撫でてやると、くすんくすんと漏らしていた嗚咽が更に酷くなる。
「ごめんごめん、寂しい思いさせちゃったね」
 名前がそう言って慰めると、バシャーモはいっそう強い力で名前を抱き締めた。容赦のない締め付けに、骨が軋んでいるような、そんな気がする。

 バシャーモの抱擁を甘んじて受け入れながら、名前は内心で溜息をついた。名前は本来、トレーナーを目指していたわけではなかった。ジムに挑戦こそするものの、それはトレーナーとして己を鍛えているのではなく、単にジムバッジを持つことで得られる特権が欲しいからに過ぎない。そして初めてのポケモンとしてアチャモ――今はバシャーモに進化している――を選んだのは、アチャモが初心者用のポケモンとして知られているという、ただそれだけの理由だった。
 やっぱり、普通のトレーナーに貰ったからかなあ。
 かのオーキド博士にフシギダネを貰ったというマサラ出身の友人は、今なおそのフシギバナと共に旅をしている。そしてその友人とフシギバナの関係に憧れたからこそ、自分もポケモンを持ってみようと思ったわけだが。
 名前とバシャーモの関係は良好、とは言い辛い。

 突然脇腹に痛みが走り、名前は思わず「いっ」と声を漏らした。何てことはない、ただバシャーモの爪がぎゅうぎゅうと食い込んでいるだけだった。血こそ出ていないものの、これがかなり痛い。「バ、バシャーモ?」
 何をするのだと上を向けば、ごく近い距離でバシャーモが自分を見下ろしていた。その表情からは何も読み取ることはできず、名前は自分の情けなさにうんざりした。唯一解ることは――バシャーモもまた、名前と同じように何かをひどく怖がっているということ。
 名前は暫くバシャーモの顔を見詰めていた。が、やがてその胸へ顔を埋めた。「おまえは本当にさみしがり屋だね、バシャーモ」
「ごめんね、寂しくさせちゃって」痛みを堪えながらその背をぽんぽんと叩いてやると、バシャーモもまた、名前の肩口に顔を寄せる。「おまえが寂しくなくなるまで、今日はずっと一緒に居ようね、バシャーモ」

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