今日も今日とて、名前はヤツドキサーカスの練習風景を見学していた。以前と違うのは、福本と共に観ているということだろうか。近頃では、彼女の膝が名前の定位置となりかけている。雄としてどうなのだろうと思うのだが、羽毛に覆われた彼女の膝の座り心地はロデオの背にも勝るので、結局誘惑に負けてしまうのだった。こんなに気持ち良いのは、他には大上くらいだろう。名前の勝手な見解だ。
 先日、福本が名前の元へ来て「自分のことが嫌いなのか」と尋ねた日から、こうして共にサーカスの練習を眺めるのがお決まりの日課となっていた。名前は、故意に福本を避けるのをやめたのだ。こうして一緒にサーカスを見ることも多々あるし、ロデオと一緒に居る時だって以前のように避けるのではなく、三人で一緒に居るようになった。まあ、福本とロデオはあまり仲が良くないのだが。ともかく、名前は福本から逃げなくなった。
 どうして彼女が名前に付き纏うのか、名前は知らない。
 小さいだのなんだのとからかわれる事もしょっちゅうだし、そうかと思えばただこうして一緒にショーの練習を眺めていることもある。――いや、最近は後者の方が多いだろうか。サーカスの練習を見ている時以外でも、福本は名前の元を訪れこそすれ、からかったり脅かしたりということが少なくなっていた。ただ取り留めのない話をしたり、二人で黙ったまま座っていたり。
 今もこうして福本と二人きり、黙ってサーカスの練習風景を眺めている。名前はサーカスのショーが好きだから良いが、そんな名前に付き合っているだけの福本はひどく退屈な筈だ。エンターテインメントとはいえ練習時にそれが求められる筈もなく、繰り返し練習しているだけの動物達をただ眺めているなんて、拷問にも近いんじゃないだろうか。

 福本が何故自分を構いにやってくるのか、名前はその理由を知らない。今二人は、名前が好きだからという理由だけで、サーカスの動物達が芸を練習する様をじっと見詰めている。そして福本は、名前の趣味に付き合ってくれている。
 それではまるで、福本が名前と一緒に居たいから、名前の元へやってくるみたいじゃないか。


 急に座り心地が悪くなったような気がして、尻をもぞもぞと動かしていると、福本が不思議そうに自分を見下ろしているのが解った。体を捩って彼女を見上げれば、やはりと言うべきか、彼女はその琥珀色の瞳を名前に向けている。
「ね、ねえ、福本はさ」
「何スか?」
 独り言とも言ってもおかしくないような小さな声だったのだが、福本は普通に返事をした。やっぱり、梟は耳が良い。
「その」
「だから何スか」
 口調こそきつく感じられるが、彼女の物腰は柔らかで、名前はついつい彼女が猛禽類であることを忘れてしまいそうになる。
 そう、福本は梟だ。名前達小さな齧歯類の、天敵。
「……つまらなく、ないの」
 僕に付き合って、練習見てるの。

 福本は合点したというように頷き、「別に、そんな事ないスよ」と言った。
「まあ本番はもっと凄いんでしょうけど、今も結構楽しいスよ」
「そ、そっか」
「不服そうスね」
 納得し切れていない――そう表情に出ていたのかもしれなかった。福本は笑いながら、名前の頭をぽんぽんと叩いた。「正直、名前と一緒に居られるだけで良いんで。気にすることないスよ」
 ぽかんと口を開けた名前を見て、福本は音もなく笑った。「ほら、もう練習終わっちゃうスよ」

「ふ、福本は、僕のこと……」
「好きスよ、名前のこと」
 あっけらかんと言い放つ福本に、名前は自分の顔が赤く染まっただろうことを察知した。顔が、あつい。

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