でもお高いんでしょう

 名前は俗に言う、霊能体質というやつだった。もっと砕けて言えば視える人。子供の頃から当たり前のように存在してきた幽霊達は、大人になった今でも薄れることなく名前の視界に存在する。子供の頃だけ視えていた、という話も聞くし、悪い意味で裏切られた気分だった。むしろ年を取るにつれてもっとはっきり視え出しているような、そんな気がする。
 別に幽霊が視えて悪いことはないが、うっかり生きてる人間と間違えて普通に話し掛けてしまい周りから妙な目で見られたり、逆に名前が霊能体質だと気付いて纏わり付いてくる軟派な幽霊共にはうんざりだった。
 近頃そういった霊的被害が増えてきたので、とうとう名前はある手段に出た。お祓いである。
 とはいえ、それほど実害がない以上、お祓いの為に遠出するのも馬鹿馬鹿しいし、インチキ霊能者の場合はぼったくられるのがオチだ。なので名前はインターネットで検索し、ヒットした中で一番近い場所に店を構えている者の所へ足を運ぶことにした。
 それが、同じ調味市にある霊とか相談所である。

 「霊とか」と言うくらいだから幽霊関連も相談に乗って貰えるのだろうが、名前からして胡散臭い。とかって何だ、とかって。辿り着いた先のちっぽけなビルを見てますます胡散臭いと思ったし、相談所に足を踏み入れてから更に胡散臭いと思った。
 ああ、これは、外れだなあ。
 中学生がちょこんと受付に座っている時点でアウトだ。
 別に名前だって、悩みの根幹――霊能体質を取っ払って欲しいだとか、そういう事を頼もうとしていたわけではなかった。いや、それができる人も居るだろうが、名前が払える額で収まるとは到底思えない。名前はただ、(相手が霊とか相談所でなくとも)幽霊から受ける被害を少なくして貰いたい、そう思っていただけだ。しかしどうも、それすら叶わないような気がする。現れた男、霊幻新隆を見て名前は確信に至った。これは駄目だ。

 霊幻という男は、どこにでも居そうな普通の若い男だった。短く切られた髪の毛は明るい黄土色に染められ、少々草臥れたスーツを身に纏っている。彼の真摯な目は名前に向けられていて、確かに頼り甲斐がありそうな気がする。
 そう、霊幻の視線は名前に釘付けなのだ。背後に居る、勝手に着いてきた幽霊達をスルーして。
 最初はそれら幽霊を無視しているだけかとも思ったのだが、一度も反応を示さず放置するなんて有り得ない。この人は本当に視えない人なのだ。特に力があるわけでもない普通の幽霊だから視えない、という可能性もあるが、まあ違うだろう。
 インチキ霊能師に捕まっちゃったなあと内心でがっかりしながらも、「今日はどういったご用件で?」と尋ねる霊幻に、仕方なく悩みを打ち明ける。幽霊が視えてしまい、困ることを色々と。後ろで憤慨している幽霊三人組は無視した。


 話し終えると色々とすっきりした。普段名前は、幽霊が視えるということを誰にも話さない。そりゃ、両親とか、昔からの親友はもちろん知っている。しかし視えない人に理解して貰おうとするのは疲れるし、何を言っているのだと白い眼で見られるのがオチだったので、いつしか名前は自分が霊能体質であることを明かさないようになっていた。自分が視えないものを信じろと言われて、その言葉のまま信じるのは非常に難しい。そして両親やその他数人を心配させたくなかったので、いつしか幽霊に関する悩みを打ち明けることすらやめていた。
 霊幻に話を聞いて貰ってすっきりしたということは、名前はいつの間にか溜め込んでいたのだろう。誰にも言えない悩み――そんな悩みを、聞いて貰うだけで気が楽になることは多々ある。霊とか相談所には悩みを解決しに来たのではなく、カウンセリングに来たのだと、そう考えれば精神衛生的にも良いかもしれない。
 実際、霊幻は話を聞くのが上手かった。ちょっとした頷きや目配せ、絶妙なタイミングで来る相槌。この人、普通にカウンセラーになった方が良いんじゃないだろうか。
 名前の話を聞き終えた霊幻は、「ふむ」と頷いた。「幽霊か……」
「別に、信じて貰えなくても大丈夫です」
「いえいえ信じてますよ。何と言っても私は霊能者ですから」
 そう請け合う霊幻に、名前は微かに笑みを漏らした。それを見て、霊幻もにっこりと微笑む。どうやら名前が霊幻を信用したと思ったらしい。名前が笑ったのは彼に対する呆れからのものであって、彼が霊能者だと信じたわけじゃなかった。まあ、勘違いしているならそれはそれで良いけれど。
「すると、名字さんの悩みはそうですね、幽霊にちょっかいをかけられたくないと」
「ええ、まぁ……」
 うんうんと頷いてみせた霊幻に、名前に纏わり付いていた幽霊達が「何言ってんだこいつ」というような表情を浮かべる。多分彼らにも、霊幻が霊能者の欠片も無いことは解っているのだ。そんな霊幻が何を言おうというのかと。
「良いですか名字さん、幽霊なんてものは全部無視しましょう」
「……はあ」名前は生返事を返した。「無視ですか」
「そうです。そんなもの一々構っていてはきりが無いですからね。好きな子をからかう男子小学生と同じですよ、無視していればやがて飽きます。それに構えば構うだけ、貴方の貴重な時間が無くなるんですから。無視するに限りますよ」

 初回ということで、料金は七百円だった。今回の名前のように、それほど切羽詰った状況でない場合はともかく、こんな営業方法でやっていけるのかなあと、他人事ながら心配する。受付の男の子に代金を支払おうとした時、彼が身を乗り出して名前の肩の辺りを手で払った。肩が軽くなる。
「ん? どうした、モブ?」
「いえ、何でも」
 あ、なるほど、そういう……。
 大丈夫ですかと尋ねる男の子に頷いてから、百円玉二枚と五百円玉を渡した。どうやら心配は無用らしい。
 霊能力者でも何でもない霊幻のアドバイスは的を射ていた。幽霊達だって元は人間なのだから、よほど悪い部類でない限り無視していれば居なくなる。しかしこの助言が役に立ったかと言うとそうでもない。何故なら名前が普段から実行していることだからだ。しかし名前は、「何か困ったことがあれば、すぐ霊とか相談所にお越し下さいね」と言って笑う霊幻に、黙って頷いたのだった。

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