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 超高校級の剣道部員である名字名前は、相手の全てを受け入れる事こそ最も重要なことだと考えていた。それはもしかすると、幼少の頃から習っていた剣道のおかげかもしれない。相手の動きを理解し、その上で対応する事が剣道の基本だからだ。相手を尊ぶ心も、剣道に通じるのかもしれなかった。まあそれはともかく。
 名前の通う学校――希望ヶ峰学園に、不二咲千尋という生徒が居る。ちょっと突いただけでも大怪我を負ってしまいそうなほどに華奢で、その大きな両眼にすぐに涙を浮かべてしまうようなか弱い女の子だ。訳の解らないコロシアイ学園生活の中でも、彼女だけはどうにかしてやりたいと思った。一目惚れ、だった。
 剣道のことしか頭になかったのに、いつの間にか名前の頭の中は不二咲の事が大多数を占めていた。いや、まあ剣道できないから、それもあるのだろうけれども。
 第一印象は「非力な女の子」だったのだが、一緒に生活を続けていく内に彼女の芯の強さや優しさに触れ、彼女の印象はころころと変わった。彼女を知れば知るだけ好きになった。

 超高校級のプログラマーである不二咲は、不思議なことに自分にまったく自信が持てないようだった。苗木のようなイレギュラーはともかく、希望ヶ峰学園に入学できている時点で、彼女が類い稀な才能を秘めている持ち主なのは自明の理、解り切っている。本当なら、威張り散らしても良いくらいだ。だのに彼女は自分に自信がない。
 自己否定を繰り返した先に、一体何があるというのか。
 別に、名前は彼女が自己を受け入れるべきだなどとは思っていない。もっと自信を持つべきとも思っていない。名前はただ、あるがままの彼女のことが好きだった。だから言ったのだ。「俺はどんな不二咲でも受け入れるよ」

 彼女は周りに比べて「弱い自分」にコンプレックスを抱えているようだったから、「不二咲が弱くとも俺は好きだよ」と、そういう意味でそう口にしたのだ。だから不二咲が目を見開いて名前を見るのは予想外だったし、その後顔を赤らめるなんてもっと想定外だった。彼女のそれが移り、二人して赤面した(葉隠・ファッキン・康比呂にからかわれたので、竹刀を放り投げてやった。「ひでーぞ!」と罵られた。うるせえ占い野郎)。


 先にも述べた通り、名字名前は相手の全てを受け入れる事こそ至高だと思っている。全てを受け入れられないなら、そもそも手を出すべきじゃないのだ。
 名前は不二咲のことが好きだった。大好きだった。一目惚れだった。正直な話、他の女子と比べて明らかに弱々しく映った彼女にある種の興奮を覚えたのは確かだし、だからこそ言ったのだ。俺はどんな不二咲でも受け入れると。できればそのままか弱い女の子で居て欲しいのだと。

 不二咲千尋は、確かに自分に自信が持てないようだった。しかしそれは、名前が想像していたような理由では決してなかった。

 此処は不二咲の自室で、名前と、不二咲しか居なかった。もちろんモノクマが見ているだろう監視カメラがあるにはあるが、不二咲所有のパソコンの稼働音にその存在を打ち消されており、あまり気にはならなかった。彼女のベッドに腰掛ける名前と、その面前に立つ不二咲。
「僕、嬉しかったんだぁ」不二咲が名前の肩に手を置いた。名前のそれとはまったく違う白い手に、細い指先。「名字くんが、どんな僕でも受け入れてくれる、って、そう言ってくれて」
 えへへ、とごく近距離で微笑む不二咲は、とても可愛い。
 実際、この学園の誰よりも可愛い、名前は今この瞬間もそう思っていた。超高校級のアイドル舞園さやかよりも、超高校級のギャル江ノ島盾子よりも、誰よりも。そう例え、彼女が男であっても。

 不二咲に自室に呼ばれた名前を襲ったのは、「僕、本当は男なんだ」という予想だにしない告白だった。彼女が引け目を感じているように映ったのは、女と偽って生活していることが根本にあったかららしい。不二咲が女だということを微塵も疑っていなかった名前にとって、彼女の告白は体の中に雷が通り抜けていったような、そんな衝撃だった。
 呆気に取られ過ぎて何も言えない名前を、不二咲はどうやら肯定的に捉えたようだった。名前はそんな事を歯牙にもかけていない、と。
 当の名前は脳内でそんな馬鹿なを繰り返していたのだが、彼女が名前の膝上に座ったことで認めざるを得なかった。触り慣れたブツが布越しに当たる。信じられなかった。不二咲は男なのだ。

 問題は不二咲が何故女装をしているかなどではない。男だとカミングアウトされてもなお、名前の目には彼女が一番可愛く見えたことだった。舞園さやかよりも、江ノ島盾子よりも、誰よりも可愛い。
 相手の全てを受け入れる。それが大事だ。それが重要だ。でなければ、最初から手を出すべきじゃない。
 頬を染め、本当に嬉しそうにはにかむ不二咲はこの世界の誰よりも可愛かった。名前は腹を括った。今更訂正なんて男らしくないし、彼女を傷付けることになってしまうだろう。それが動機になるのも勘弁して欲しい。
 不二咲は可愛い。いける。いける筈だ。可愛いは正義とよく山田も言っているじゃないか。

 自己暗示をかけている名前に、不二咲が二つ目の爆弾を投下した。
「僕、男同士のやり方ってよく知らなかったんだけど、ちゃんと勉強したんだぁ。だから名字くん、頑張ってねぇ?」
 待て、待ってくれ不二咲。俺が下か、下なのか。

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