「あぁ名前、君はそんな重い物を持たなくて良いんだ。君はか弱い草食動物なんだから、そこを自覚しなけりゃあ」
 持ち上げようと奮闘していた鉄棒を横からひょいと掠め取られる。そこにはサーカス組のロデオが立っていて、彼は名前の視線に気付くとニッと笑った。ロデオはその気は無いかもしれないが、彼の笑顔は若干不気味だ。
「で、でも、私……」
「それなら、そちらのロープを運んでくれるか?」
 ロデオが指示した先には、確かにロープの束がいくつか置かれている。運ぶのに難儀するような代物でもない。しかし、彼の厚意を無下に断ると後が怖いので、結局名前は彼の言葉に甘えることにしたのだった。
「ありがとう、ロデオさん」
 名前がそう言うと、サラブレッドの彼は再びニッと笑った。

 ヤツドキサーカス団と無事に提携することができた逢魔ヶ刻は今、サーカス公演に向けてのテントを立てているところだった。もちろん、動物園の敷地内だ。サーカスは元々、あちらこちらと公演場所を変えるものらしく、何をするにも近場の方が良いだろうと(逢魔ヶ刻が山奥にある為、これでは客が入らないと一悶着あったようだが)園内への移動が決まったのだった。
 「テント」というのは、組み立て式の家のようなものらしい。聞いただけではよく解らなかったし、出来上がりの図を見せてもらっても大きな布がつっかえ棒に支えられているようにしか見えなかったが、サーカスのショーには必須なのだとか。テントがどう作られるのかなんて逢魔ヶ刻の誰も知らなかったが、指定された通りに器材を運ぶことくらいはできる。明るい日差しの下で変身するのが久しぶりだったからか、仲間が増えて嬉しいのか、皆精力的に働いている。

 ヤツドキサーカスにロデオという名のサラブレッドが居た。草食至上主義と自身を称する彼は、今のように名前のことを構ってくることが多かった。同じ草食としてのよしみなのだろうか、よく解らないが、親切が過ぎる彼に時々どう接して良いのか解らなくなる。仲間が増えるのは嬉しいが、彼のことは少し苦手かもしれなかった。
 ロデオと岐佐蔵と共に器材を運んでいると、後ろからちょいと肩を掴まれた。振り返ると、そこには加西が立っていた。
「加西くん?」
 名前、と途切れ途切れに加西が言う。
「あっち、て、手つ」
「何か手伝って欲しいことがあるの?」
 そう問い掛ければ、加西はこくこくと頷いた。
「ロデオさん、岐佐蔵くん、私、ちょっと行ってくるね。あ、ロープどうしよ……」
 手にしていたロープをどうしようと一瞬困るも、岐佐蔵がその長い鼻で受け取ってくれた。「ね、名前、行ってきなよ! ね!」と、そうにこにこ笑う岐佐蔵に、やっぱり私の手なんて元々要らなかったんじゃないかなあと少し思う。二人に手を振り、名前は加西の案内に従って歩いていった。
 後に残された二人の間には、重い沈黙が過っていた。加西か名前か、もしくはその両方が間に入ってくれればそれなりに会話が続くのだが、二人きりとなると何となく気まずくなる。初対面の時のあれが尾を引いているのかなあと、岐佐蔵は考えている。
 ロデオの方も心なしか気まずそうだ――と、思っていたのだが、彼の言葉を聞いて岐佐蔵はフードの中で眉を上げた。
「……加西のやつは……あの蛇の雌を好きなんじゃなかったか?」
 なあ?と見上げられても、岐佐蔵には首を傾げてみせるしかなかった。


 案内されて辿り着いたのはショーテントの内側で、彼が指し示したのは壁側のテント布と柱の境となる部分だった。ああと納得する。
「結べば良いんだね?」
 加西くんの手じゃ結びにくいもんねと笑えば、加西も照れくさそうに頭をかいた。
 テントの布を出来る限り加西が引っ張り、その先にある黒い紐を名前が結ぶ。特に話すこともなく、どちらも無言のまま作業を進める。名前が加西に自身の思いを打ち明けてからも、二人の関係は何も変わらなかった。しいて言うなら、互いに隠し事がなくなったおかげで、以前よりより気安い仲になったかもしれない。
 くるりくるりと紐を通し、端を蝶々結びにしていく。人間のような姿に変身していて一番良いのは、こうして両手を使えることじゃないだろうか。何か所目かの結び目を作った時、ふと名前は気が付いた。
「ねえ加西くん、私で良かったの?」
 そう問い掛けながら彼の方を向けば、加西が存外近い位置に居ることに驚いた。そりゃ、隣で作業を続けていれば距離が近くもなる。加西は訳が解らないといった表情で名前を見る。
「ウワバミさんに頼めば良かったのに」
 加西は少しだけ赤くなった。どうやら考えにも浮かばなかったようだ。そんなことで良いのかと思う反面、名前は少しだけ嬉しかった。ウワバミのことを考える前に、名前のことが思い付いたということじゃないか。くすくすと漏れ出た笑みに、彼の顔がより赤く染まった。どうやら恥ずかしいらしい。無言のまま反論し始めた加西に、名前は笑うのを止められなかった。

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