名前は傍らに佇む加西をそれとなく見上げていた。彼の表情はひどく疾しげで、同時にそわそわと落ち着きがない。そんな加西が名前の視線に気付くことはなく、名前もいい加減首が痛くなってきたので、視線を元の位置に戻した。それとなく首筋を擦る。名前達は今、園長達の帰りを今か今かと待っているところだった。
 いつだかとは逆だなあと、そう思う。もっとも加西が待ち望んでいるのは、隣に居る名前ではなくウワバミだが。
 園長とウワバミを始めとした数人が今、この逢魔ヶ刻動物園を離れ、ヤツドキサーカスの見学に行っていた。華が見付けてきたというサーカスに、もしかすると椎名と同じ境遇の者が居るかもしれないらしいのだ。何でも、熊が人間のように喋っていたのだとか。動物園が人気を得る為に、動物ショーは一つの手段ではないかと結論を出した華達が、参考にするべくヤツドキサーカスに足を運んだのだった。
 ハナちゃんは、協力していけたらと言っていた。熊を仲間にすると息巻いていた椎名は置いておいて、もしヤツドキに呪われた人間が居て、その上で互いに協力することができたならば、呪いを解く近道になる筈だ。

 加西は今、サーカスに赴いているウワバミの身を案じている。
 椎名達は決してヤツドキに喧嘩を売りにいったわけではなかった。イガラシが丑三ッ時に攫われた時とは状況が違っているのだ。しかし、彼はどうしても心配らしい。ウワバミさんにもしもの事があれば、と、彼らが園を出てからずっと帰りを待っているわけだ。実のところ、そんなに心配しなくてもと、名前は思っている(もっともこの点に関しては、加西の方が正しかった)。
 名前はそっと溜息を漏らした。別に隣に居なければならないわけではないし、むしろ加西は隣に名前が居ることを知っているのかも怪しいくらいなのだから、ウワバミを待ち焦がれている加西をわざわざ見ていることはないのだ。でも、名前は加西と一緒に居たかった。
 彼がどれだけウワバミのことを好きでも、一緒に居たかった。
 結局のところ、名前はウワバミのことを好きな加西のことが好きなのだ。一途にウワバミのことを想い続ける加西のことが。もちろん、その対象が自分になれば嬉しいだろう。そのことを隠しはしない。しかし仮にそうなったとして、加西が笑ってくれるかは解らない。
 咄嗟の事だったのだろう、後ろ手に庇ってくれた加西。名前はその大きくも力強い背中に恋をした。ウワバミのことを想い続ける加西をもっと好きになった。そして今、心配そうに門を見詰め続けている彼の横顔を、とても好きだと思った。
「加西くん、私ね」小さな呟きのような声にも、加西はぴくりと反応した。彼が名前を見下ろす。しかしながら、名前は加西を見上げず、前を向いたままだ。不思議そうに目を瞬かせている加西の姿が、視界の端に映る。「加西くんのこと好き」


 沈黙。加西があんぐりと口を開けて名前を凝視したのは、それから暫くの間を置いてからだった。名前は彼の無言の問い掛けには応えず、小さくくすりと笑う。
「誤解しないで欲しいんだけど、別に、私を好きになって欲しいとかじゃないの。ただ知って欲しかっただけ」
 加西が唖然としているのが解る。名前の言葉が何の前触れもなかったからか、名前が加西を好いていることに全く気が付いていなかったからか、それともその両方か。名前が彼の方を改めて見上げれば、加西はびくりと身を震わせた。「ねぇ、加西くん」
「正直に答えて欲しいの。加西くん、ウワバミさんのことどう思ってる?」

 加西の顔がじんわりと赤くなった。口元がふるふると震え、あちらこちらへと視線を漂わす。「俺、は」と口にし、一度彼は口を閉ざしたが、名前を見詰めながら再び口を開いた。
「ウっ、ワバミさんの事、すっ、す、き、」
 だ、と続けようとしたのだろうが、どうやら恥ずかしさが勝ってしまったようで、加西は真っ赤になって固まった。名前は再び小さく笑う。
「そっか」
 顔を真っ赤に染め、かちこちになっている加西が――とても愛おしかった。
 加西がウワバミへの好意を認めたのは、少なくとも名前が知る限りでは初めてだった。胸の奥がちくちくと痛むが、不思議と悪い気分じゃない。加西が名前を好きになることはないだろう。しかし今、名前は漸く彼と同じ場所に立つことができたのだ。
 加西のウワバミさんへの気持ちが万が一揺るがなかったとしても、一万一分の一の確率でなら解らない。名前はにっこりと笑った。どういう意味合いがあったにせよ応援されたのだ、やってやろうじゃないか。そんな気持ちになる。
「前に助けて貰った時、ちゃんとお礼言ってなかったよね。ありがとう加西くん、私を助けてくれて」加西がちらりと名前へ視線を向けた。「私、加西くんのこと大好き」
「心配しなくても、皆きっと大丈夫だよ。もちろん、ウワバミさんもね」
 暫くの間、加西はぱくぱくと口を動かしていた。何かを言いたげな様子で、開けては閉じ、閉じては開けを繰り返している。

 加西が言葉を紡ごうとしたその時、「帰ったぞ!」という椎名の大声が園内に轟いた。わあっと歓声が上がる。入口へ目を向ければ、椎名とウワバミはもちろん、華とシシドと岐佐蔵、そして見慣れない人間が数人立っているのが見えた。
「行こ、加西くん」名前が促した。
 加西は暫く、門と名前とを見比べていた。しかし皆を迎える方が先決だと思ったのか、困ったような顔をしながらも名前と共に歩き出した。

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