夏真っ盛り――アフリカ出身の名前は、元々暑さには強い方だった。しかしそれはサバンナの暑さであり、日本の蒸し暑さはそれとはほぼ別物だ。四角い檻の中、少しでも涼しい所にと壁際で横になる。名前だけでなく、真夏のうだるような暑さにやられた者は多かった。そして、園長の椎名は一つの決断を下した。
「さまーばけいしょんじゃっ!」


 園長の煙を浴び、再び自我が目覚めたその時には、もう海に辿り着いていた。確か逢魔ヶ刻動物園の近くには川が流れていたから、あれを辿った先に居るのだろうと思う。歓声を上げて海へ飛び込んでいく仲間達を見ながら、どうしようかなあと考える。名前は水は嫌いではなかったので、海へ行くこと自体は大歓迎だった。
 加西を探そうと思い至った時、横から肩をぐっと掴まれ、抱き寄せられた。
「名前、ビーチバレーやるぞ」
 椎名が二カッと白い歯を見せて笑っていた。名前が頷いたのを見たのかそれとも見ていないのか、椎名は間髪入れず、辺りの動物達に「ビーチバレーやるぞ」と声を掛けた。「はぁい」と元気な返事が返ってくる。駆け寄ってきた面子の中に加西も居たので、まあ良いかと椎名の誘いに応じることにした。

 ゴリラコングが瞬く間にポールを立て、ネットを張る。ああいうのを、器用と言うんじゃないか――そう思って眺めていると、いつの間にかチームも分けられていた。名前は椎名と同じチームになり、残念ながら加西は敵側だ。もっとも、その方が彼の顔を見ていられて良いかもしれない。相手方を窺う振りをしながら、加西を見遣る。すると、傍らで園長が跳び上った。ぐんぐんと高度を増していく。「ラビット――」
「――サーブ!」
 大きな水飛沫が上がる。その大波に押され、加西を含め、大上ら相手チームは散り散りになってしまった。これは椎名と同じチームだったことを喜ぶべきなのだろうか。
 違う違うと首を振り、見事な着地を決めた椎名に駆け寄った。
「園長、もうちょっと手加減してくれないと、みんなボール取れないですよ!」
「ム……。だがワシは、全力で、面白く……ありたい」
「園長!」
 きりっと目を細めてそう言い切った椎名に、名前は困り切ってしまった。確かに遊びは全力でやったらそれだけ面白いのだけど、ビーチバレーってこう、もっとボールのやり取りがある筈だ。よくは知らないけど、多分。しかし椎名が本気でボールを打ったなら、誰がそれを受け止められるというのか。
 自分を見上げる名前や、他の仲間達からの視線を受けたからか、椎名はやがて「じゃあ少しだけ手加減してやるか」と呟いた。
「そうしてください、もー……」
「お前らは全力でやるんじゃ」
 ぽんぽんと頭に手を置かれる。実年齢は別として、中身がまるで子供な園長に子供扱いされるのは、何とも複雑な気持ちだ。
 ふと気付けば、相手側は流されたメンバーに代わってポポやテテテテといった他のメンバーが入っていた。加西はというと、少し離れた場所に流されたようで、ハナちゃんや大上、そしてウワバミと何事かを話しているらしかった。ウワバミの言動一つ一つに、加西が一喜一憂しているような、そんな気がする。
 もやもやを振り払うように、名前はバレーに集中した。


 結局、ビーチバレーはすぐにお開きになった。園長が勢いよくアタックしたボール(心なしか最初のサーブよりは弱めだった)がどこかへ行ってしまったので、試合続行が不可能となったのだ。ビーチバレー組は三々五々散っていき、名前も一人のんびりと過ごすことにした。加西はどこかへ行ってしまったし、一番の仲良しである福本は、翼が濡れるのを嫌って留守番組だ。ハナちゃんとじっくり話をしてみたいなとも思っていたのだが、姿が見えないのではどうしようもない。
 波打ち際に座り込み、他の仲間達を眺める。みんな連日の暑さを忘れたようにはしゃぎまわっていて、避暑の意義はあったらしいと、面白好きの園長のことを思った。足に掛かる海の水が、冷たくて気持ち良い。事件が起こったのは、名前がうつらうつらとし始めた時だった。
「――ウワバミが沖に流されちまった!」

 名前が皆の元へ駆け寄った時、ウワバミはまだかろうじて海の上に顔を出していた。もちろん、それも時間の問題だ。いくらウワバミでも、水生動物ではないのだから延々と泳いでいられるわけがない。また潮の流れが早く、ゴマフアザラシのイガラシでも彼女の浮いている場所までは辿り着くことができそうになかった。疲れてきたのだろう、ウワバミの体が徐々に沈んでいく。
 皆は成す術もなく、ただ何かが起こるのを待っていた。そして――海面に彼女の頭上の蛇しか見えなくなった時、空気をびりびりと震わせるような大声が、辺りに響き渡った。
「ウワバミさーん!!!」
 名前を含め、全員がぎょっとして声がした方を振り返る。声の主は皆の驚きを歯牙にもかけず、一直線に海に飛び込んでいった。
「おれ、加西の声初めて聞いたよ……」誰かがぽつりとそう呟いた。


 泳ぎの得意な加西と、身軽に動ける椎名のおかげで、ウワバミは無事に戻ってくることができた。皆と一緒に喜びながらも、名前は心のどこかが小さく痛むのを感じていた。――沖に流されたのがウワバミでなく名前だったら、加西はああして助けに来てくれただろうか。
 余談だが、どうもこの一件からウワバミさんは園長に惚れてしまったらしい。妙な片思い連鎖が続いている。ウワバミさんのことは応援したいけど、園長、園長か……。ウワバミが椎名と恋人同士になったら加西が自分のことを見てくれるだろうかなんて、そんなことは考えてない。少したりとも考えてない。

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