名前は加西のことが好きだ。しかしその加西は、蛇のウワバミさんのことが好きだった。彼は恥ずかしがってなかなかその好意を認めようとしないのだが、加西がウワバミに対して恋心を抱いていることは火を見るより明らかだ。
 なんて不毛なトライアングルなのだろうかと、そう思わないでもない。
 せめてウワバミが加西の好意に気付き、そしてそれに応えてくれたら――きっと、加西は素敵に笑ってくれるに違いない。そこに名前の居場所は無いだろうが、加西が笑っているなら、それで良い。筈だ。
 しかしながら、ウワバミは加西が自分を好いていることに、少しも気が付いていないらしかった。――加西とウワバミには、いくらかの歳の差がある。人間に換算すれば凡そ五歳ほどだろうか。そしてサイと蛇の成長スピードから考えても、その差は開きはすれど、縮まることはない。おそらくウワバミにとって、加西は恋愛の対象ですらないのだろう。奥手な加西がウワバミに好意を伝えることはまずないだろうし、ウワバミが加西の気持ちに気付かない限り、加西が報われることはないような、そんな気がする。
 いや、どうなのだろう。ウワバミさんは、本当に気付いていないのかな。
 ウワバミさんは大人の女性だ。名前達からしても、そして園の皆からしてみても。お母さん役とは言わないが、皆の頼れる姉貴分である彼女は、特別察しが悪いわけではない筈だった。そんなウワバミが加西の好意に気付いていないというのは、いささか妙な話ではないだろうか。どちらにせよ、名前にそれを確かめる勇気はないのだが。

 ウワバミが加西の気持ちに気が付いていないのと同じように、加西も名前の恋心に気付いていない。
 名前は加西と同じくらいの年齢だったし、同時期に逢魔ヶ刻に来た為そこそこ仲が良い筈だった。同じ草食動物として通じるところもある。なので恋愛の対象外、というわけではないと思う。加西が鈍感なのか、本当にウワバミさんの事にしか目が行っていないのか……。判断はつかないが――後者な気がしてならない――きっと、こういうのを「恋は盲目」というのだろう。

 何が困るって、ウワバミさんが良い人だから困る。
 加西はどうして、ウワバミさんのことを好きになったのだろう――そんな事を考えていたからだろうか、ウワバミ本人が名前の元へ訪れた。にょろんと音が付きそうな、そんなしなやかな動きと共に渡されたのは一枚の紙。訳も解らず名前がウワバミを見上げると、彼女はにこりと笑い、「名前にもこれを書いて欲しいの」と言った。
「お客さんに来てもらうには、やっぱり宣伝が一番だと思うのよ。だから、園に来たくなるようなチラシを皆に書いて欲しいの。出来上がったら、ハナちゃんにお願いして、人間の街で配ってもらおうと思って……お願いできるかしら?」
「もちろん。解りました」
 名前がそう答えると、ウワバミさんは再びニコッと笑い、「よろしくね」と言った。不思議なことに、変身すると読み書きもできるようになるから、宣伝のチラシを書くのに困ることはない。まだ紙の束を抱えているウワバミさんは、どうやら他の仲間の所にも行くようだ。

 ウワバミさんは素敵な人だ。優しいし、綺麗だし、頼りになるし。こうして園の運営の為に頑張っていることも、名前は尊敬している。なんて魅力的な人なんだろう、そう思う。名前だって、もし雄だったら彼女に恋をしたに違いない。加西が彼女に好きになったのだって、本当の事を言えば至極当然だと解っている。名前もウワバミさんのことが好きだ。大好きだ。
 ただ時々――ごく稀に、どうしようもなく嫌いになる時がある。


 ふと、名前は目線を上げた。するとそこにはまだウワバミが佇んでいて、何か他に連絡事項があったのだろうかと内心で首を傾げる。そしてウワバミの次の言葉に、名前は身を凍らせた。
「ねえ、名前は加西のことが好きなのよね?」

 彼女が何を言ったのか――理解はできていたが、反応が遅れる。別に公言していないだけで隠していたわけじゃないし、実際名前が加西に惚れていることを気付いている仲間は何人か居ると思う。だから、知られていることに動揺したわけではなかった。
 何故、どうして、何で、あなたがそれを言うの。
 名前が答えないことをどう解釈したのか、ウワバミはにっこりと笑った。
「いつも加西のこと見てるものね」彼女の微笑みには、一切の嘘も偽りもなかった。「名前、私、応援してるからね!」
 ウワバミの眩しい笑顔につられ、漸く名前も笑みらしき表情を作ることができた。彼女は意味深に頷いてみせてから、他の仲間にもチラシを書いてもらうべく、その場を後にした。名前達のやりとりを見ていたのだろうか、傍らにやってきた福本が、心配そうな面持ちで名前の肩にそっと手を乗せた。


 ウワバミさんのことは好きだ。大好きだ。加西が惚れ込んでいるのだって当然だ、あんなに素敵な人なんだから。でも、時々大嫌いになる。――何が嫌って、こんな風に彼女を嫌ってしまう自分が一番嫌だった。

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