へるがあ

 名前はロケット団員である以前に、一人のポケモントレーナーだった。他者の手持ちが気になってしまうのは、トレーナーとしてのある種の性と言えるだろう。
 ロケット団に属している者は、名前を含め、毒タイプを使う者が多い。もっとも、別に使うポケモンに制限はなかった。サカキ様が地面タイプを好んで使っていることが、その証拠と言えるかもしれない。毒タイプのポケモンを手持ちに入れている者が多いのは、単純に毒ポケモンが比較的安価に手に入ることと、状態異常にさせる技が豊富で使い勝手が良いこと、何より身近なポケモンが多いので目を付けられないことが理由だろうと名前は思っている。ヒトカゲやピカチュウなんかを連れていれば、それだけで人目を引いてしまうに違いない。


 ――アポロという男が居る。名前と同じ時期にロケット団に入り、今ではサカキ様の右腕を務めているような、スーパーエリート様だ。そして名前の直属の上司でもある。同期のよしみなのかは解らないが、彼が個人的な命令を下すのはいつも名前だった。アポロがサカキ様の右腕なら、名前はアポロの右腕と言えるかもしれない。彼が出世する度、同じように名前の株も上がるので、世界は私に優しくできている。
 そんな彼の手持ちはデルビルとドガース、そしてヘルガーだ。ドガースは置いておいて――一時期ロケット団の中で大流行したのだ。何でも、誰それが理想のドガースを手に入れる為に乱獲しまくったとか何とか。流行というか、ぶっちゃけ某ラムダが手に負えなくなったドガースを誰彼構わず配っていたのが原因だ。名前も彼からドガースを貰ったが、もしかするとアポロもそれが理由なのかもしれない――デルビルとヘルガーはどちらも悪、炎タイプ。タイプバランスだけ見れば、あまり褒められたものではない。
 名前はロケット団だったが、同時にポケモントレーナーでもあったので、どうしてもアポロの手持ちポケモンが気になってしまうのだった。彼は何故、デルビルやヘルガーを使っているんだろう。
 そりゃ、好きなポケモンだからと言うのであれば、それで良いのだ。彼がデルビルと、その進化形のヘルガーを好いていて使っているのなら名前も何も言わない。相性的にどうなのだとは思いはするだろうが、実際彼のトレーナーとしての実力は高いのだから問題はない。しかし、名前はアポロが本当にデルビルやヘルガーを好きなのかどうかを知らないのだ。

 余所事を考えていたのがばれたのかもしれなかった。そしてその余所事が、下手をすると侮辱罪に抵触するものだったので、名前を非難する意味もあったのかもしれない。音もなく近寄ったヘルガーが、太腿の辺りをぐいと押し、自分に注意を向けさせた。その目は胡乱げに細められていて、飼い主にそっくりだと改めて思う。ブラッシングを再開してやると、ヘルガーは満足げにぐるると鳴いた。
 先にも述べた通り、名前はアポロの部下として、彼の個人的な命令を聞くことが多かった。そう、この美しい毛並みのヘルガーは名前のポケモンではなく、アポロその人の手持ちポケモンなのである。名前は今、このヘルガーの毛繕いを行っている。アポロの腹心であると言えば聞こえが良いが、要は、名前は彼の小間使いだった。彼のヘルガーやデルビル達の面倒を見るのは、何も今日が初めてではない。
 普通、ポケモントレーナーは自分のポケモンを人に任せたりはしない。トレーナーなどというものは所詮ポケモンが居なければ何もできないわけで、そのポケモンを他者に触れさせるということは、相応のリスクを孕んでいる。しかも、ポケモンを用いて悪事を働いているような人間相手なのだから尚更だ。
 懐きはしないものの、名前に身を任せるほどには信用しているヘルガー。それと同じように、アポロも自分のポケモンを任せるくらいには名前のことを信用している、そういうことなのだろうか。もっとも、「名前への信用<ヘルガーへの信頼」で、名前が何か良からぬ事をしようとしてもヘルガーなら返り討ちにできる、と、そう思っているのかもしれないが。

 ヘルガーは良いポケモンだ。その能力もさることながら、黒と橙が入り混じった体躯と銀鼠色に光る骨とが合わさり、見た目も大層美しい。鋭い眼に射抜かれれば、それだけで攻撃力が下がってしまう気すらする。ヘルガーから醸し出されるストイックな雰囲気は、不思議とアポロのそれに似ている。進化前のデルビルも、その垢抜けない感じがひどく愛着を湧き起こす。
 しかしそれが理由かと問われると、首を傾げてしまう。もし手持ちポケモンを見た目で選んでいるのであれば、ドガースは入れないのではないか。ドガースは愛嬌はあるものの、ヘルガーやデルビルの持つ魅力とはまた別種のものだと思う。
「サボりは感心しませんね」
 背後から降ってきた声に、はたと我に返る。いつの間にか、ヘルガーが名前の手元から離れていた。振り返って見てみれば、声の主は先まで名前の脳内を占めていたアポロであり、彼の傍らには当然のようにヘルガーが控えていた。
 名前は抜け落ちた毛を叩き落としながら、ゆっくり立ち上がる。「当然の権利ですよ。それに、アポロ様が仰ったんじゃないですか。ヘルガーのブラッシングをしておくようにって」
 アポロは名前のことなど気にも留めていないようで、ヘルガーの角の後ろを掻いてやりながら「そうでしたかね」とどこ吹く風だ。彼はそのまま自分のデスクへ歩いていき、何やら書類を広げ始めた。熱心なことだ。飼い主に構って貰えたことで満足したのか、ヘルガーは再び名前の元へ戻り、あって然るべき奉仕を要求し始める。先ほど、アポロの指遣いにうっとりと目を細めていたのが嘘のようだ。仕方なく再び屈み込み、ブラッシングを再開する。


 アポロ様は何故ヘルガーを使っているんですかと尋ねると、彼は顔も上げず、ただ「好きだからですよ」と返ってきた。何故そのような事を問うのかと聞かれたので、何となく気になったのだと返す。それで納得してくれる辺り、アポロは心が広い。心が広いというか、些事に関心がない。何故好きなのですかと尋ねても、彼はやはり視線すら寄越さなかった。
「忠実だからですよ」
 手元の書類に目を通しながらもそうやって澱みなく答える辺り、彼の頭の回転がいかに速いかを如実に表している。「ヘルガーも、そしてデルビルも、一度忠誠を誓った者に対しあくまで忠実です。その単純なまでの忠誠心を、私は気に入っているのですよ」

「……へぇ」そう、声が漏れた。
 名前の相槌を受けて、初めてアポロが顔を上げ、名前を見た。もっとも別段気を悪くしたようでもなく、その顔には疑問だけが浮かんでいる。
「何か?」
「いえ、何でも。なるほどなと思っただけです」
 アポロは暫くの間名前を見詰めていたが、やがてふいと視線を外した。名前が何に納得しようと、アポロにとっては些事に過ぎないのだろう。ヘルガーの顎の下辺りを撫でてやりながら、名前は内心でなるほどなと繰り返した。
 ヘルガーが飼い主に似たのか、それともアポロの方がヘルガーに感化されたのかは知れないが、単純なまでに忠実という言葉はアポロという男を端的に表している。なるほど。

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