呼び名のない呪文

 俺の占いは3割当たる――と、超高校級の占い師である葉隠安比呂はよく口にした。ちなみに、占いが全て当たったならば、それは占い師ではなく超能力者であるらしい。納得できるような、屁理屈のような。しかし3割の確率で当たるということは、7割は外れるということだが、彼に占って貰いたい人には些細な事なのだろうか。名前はさして占いに興味がなかったし、占って欲しいことも思い当たらなかったので、彼の厄介になったことはなかった。
「名字っちは特別に、友情プライスで占ってやんべ!」
 そう言ってからからと笑う葉隠に、名前はいつも困り顔をするしかなかった。

 この日も葉隠は、名前に会うなり「名字っち、占ってやろうか?」と口にした。
「いいよ、気持ちだけで」
「遠慮すんなって」
 葉隠はそう言ってから、アッハッハと豪快に笑った。何の裏も無さそうなその笑い顔に、名前の頬も自然と緩んでいく。もっとも彼の頭の中は金の事で占められているのかもしれないし、名前の微笑みも苦笑のそれだった。それでも二人の間には穏やかな空気が流れている。
 葉隠もそれ以上強要する気はないようで、二人で食堂へ向かう。


 同級生達の中でも背が高い葉隠と、超高校級の才能を持っている以外は普通の女子高生である名前とは、もちろん歩幅が違う。しかし、二人の間が開くことはなかった。名前は葉隠を見上げながら、葉隠は名前を見下ろしながら、すぐ隣を歩いている。それは偏に、葉隠が名前の歩くスピードに合わせてくれているのだった。何を言うこともなく、それは行われている。年長者だけある、ということなのだろうか。
 葉隠と共に歩くのに、名前が苦労することはない。
「占いはなあ、金になるんだべ!」葉隠が唐突に言った。「当たるも八卦当たらぬも八卦、溺れる者は藁をも掴む。占いってのは完成した商売、ビジネスなんだべ!」
「うーん、そう……だね?」
「そうだべ!」
 名前が浮かべている笑みが愛想笑いだということにも気付かず、葉隠は目をきらきらさせて嬉しそうにそう言う。先程まで、彼の無意識の内の気遣いに感動すら覚えていたのに――これだ。強要する気がないように見えたのは幻想だった。もっとも名前は何も言わずに歩幅を合わせてくれる葉隠のことも、占い師としての実力に自信を持っているがめつい葉隠のことも、どちらも好いていたが。
 これさえなければこの人、モテるんじゃないのかなあ。と、そう、思わないでもない。
「リアルな話、女の子は占いが大好きなんだべ。名字っちだって、別に占いが嫌いなわけじゃねえんだろ?」
「まあ……」
「だったらいいじゃねえか。な、占わせてくれよ」
 名前は曖昧な笑みを浮かべた。確かに占いが嫌いなわけでもないし、どうしても占われたくないわけではない。ただ何となく、一度占わせてしまったら彼の思う壺に嵌ってしまいそうというか、言葉通り壺を買わされてしまいそうな気がしてならないのだ。「じゃあ、代わりに私が葉隠くんを占ってあげよう」
「名字っちが?」
 横目でちらりと葉隠を見遣れば、彼は目を丸くさせて名前を見下ろしていた。
「私の占いによると――」何となく声の調子を葉隠に似せる。「――今日の朝御飯は卵焼きが出るでしょう」
 葉隠は暫く名前を見ていたが、やがて眉を少し寄せた。
「そりゃ、占いじゃなくて願望だべ」
 朝食なんて自分で作るのだし、そもそも俺への占いじゃないしと、葉隠は不服そうに呟く。名前はあははと声に出して笑いながら、「私が葉隠くんに卵焼きを作ってあげたら、私は10割の占い師だねえ」と付け足した。

 葉隠はじいと名前を見続けていたが、やがてふっと頬を緩ませた。「だから、そりゃ超能力者だっての」
「名字っちが作ってくれんのは嬉しいけどよ、ぶっちゃけ料理下手だべ?」
「失礼だなー。ちゃんと、美味しくなーれって唱えながら作ってあげるからね」
「いやいや、そういうの良いから。レシピ見て作ってくれって」
 あははとはぐらかせば、葉隠はひどく不安になったらしく、「俺が作ってやるから名字っちは座っててくれ」とか、「せめて焦がさねえよう気を付けてくれよ」とか半ば泣きながら頼み始めた。確かに名前は超高校級の料理人ではないから、料理と言っても一般的な女子高生レベルの物しか作れない。ただ、そこまで下手ではない、と、思う。
 葉隠はいつの間にか、名前に占わせてくれと言うのをやめていた。まあ、次に会った時には再び言い始めるだろうが。名前は何故彼がああも占いを勧めてくるのか、その理由を知らないし、知ろうとも思っていない。もしかすると、金にがめつい葉隠に、金以外の何か別の理由が――呼び名が付けられない、何か別の理由があるのかもしれなかった。しかし名前はその理由を知らないし、知りたいとも思っていない。


 この日葉隠の朝食は、卵焼きになり損ねたスクランブルエッグとなった。恐る恐るといった風に卵をつついている葉隠には腹が立ったが、自分で食べてみれば、確かに美味しくはない。何だかんだ言いながら付き合ってくれる葉隠は、やはり年長者だけはある。気がする。

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