サイコソーダ味のキス

 とん、と後頭部に何やらひどく固い物が当たった。振り返ってみれば、白いボスがいつも通りの笑い顔で、スチール缶を差し出していた。
「ボス……」
「今日もお疲れ」
 流れ作業的に受け取ってしまった。冷たい。
「ありがとう、ございます」
 名前がそう言って微笑めば、クダリもにっこりと笑ってみせた。


「……え? え? 期間限定サイコソーダバナナ味? え、ボス?」
「どんな味がするんだろうね!」
「ボスてめゴラァ!」
 うっかり感じた乙女心を返せ! 利子つけて返せ!
 ボスは笑っている。そりゃもう、ニヤニヤニヤニヤ笑っている。
 私の手の中にあるのは、鉄道員の誰もが手を出さなかった新商品だった。名前は飲んでない。多分ボスも飲んでない。というか飲みたくない。パッケージには逞しいドテッコツが描かれていて、横の小さな吹き出しには「元気100倍!」と書かれていた。忌々しい……。
 クダリの笑顔には、「ぼくが折角あげたのに、まさか飲まないで捨てたりなんかしないよね? 飲むよね? むしろ飲め」とはっきり書かれている。嫌がらせか単なる毒見をさせたいのかは解らないが、名前のテンションががくっと下がったことだけは間違いない。
 ついでに、ボスは普通に缶コーヒーを手にしている。微糖だ。

 気は進まなかったが、仕事終わりの私の体は糖分を求めていた。プルタブを上げ、一思いに口をつける。クダリがその様子をじっと見ていることを鑑みるに、面白いリアクションが求められているのかもしれない。そんな最初のボールを前にした子どもみたいな純粋な目でこっち見んな。
「……んん? おいし、い?」
「嘘!」
「えー、嘘なんてつきませんよわざわざ……」
 もう一度、バナナ味ソーダを口に含む。やはり思っていたより不味くない。むしろ広がる甘味が心地よいくらいだった。

 多分ボスは、私が顔を顰めるのを期待していたんだろう。ははっ、残念だったな!
 突然そのボスの顔が目の前にやってきて、触れるだけと言うには長過ぎるキスをした。最後に、べろり、と唇を舐められる。
「名前の舌、絶対おかしい。それ、甘過ぎ」
「……そりゃ、ボスはコーヒー飲んでたから」
 口の中に残るコーヒーの味が、いやに苦く感じられた。

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