自分の顔をまじまじと見られて、流石の名前も困惑していた。まあ、ヒーロー協会の本部に一般人、しかも血まみれの一般人(女)なんて滅多に居るもんじゃない筈だ。適当にはぐらかして、とっとと退散しよう。そう気楽に考えていた名前の意志は、この男性の一言によって軽く吹き飛ばされた。「君、J市のシェルターで怪人と戦わなかったか?」
「……はい?」
 スーツの男が何と言ったのか、名前は一瞬理解できなかった。彼は懐から携帯ほどの小型機械を取り出し、何らかの操作をし始める。この間に姿をくらませば良かったのだが、あまりに唐突な出来事だったので理解が追い付かず、名前は結局動けず、その場に棒立ちになっていた。
 男はどうやら、何かの画像を表示させたらしい。端末の画面と、名前の顔とを見比べている。
「やはり、そうだ。見間違いかとも思ったんだが」
「あの……?」
「これは君だろう?」
 差し出された小型の機器に映し出されていたのは、あの写真だった。ヒーロー協会の公式ホームページに載せられていた、名前の写真。どうやらあれからもう少し鮮明な写真が寄せられたようで、画面に映っていた一枚は遠目ではあるものの、はっきり名前と解るものだった。名前の脳内で、漸く線が繋がる。
 これ、あかんやつや。

「――いや違いますね」
 今度は男の方が戸惑いの色を浮かべた。
「いや、そんな事はない。これは確かに君の筈だ」
「いや違いますね」
「いや……いやいやいや」
 ――協会ホームページに載せられていた、「情報求む」の文字。怪人の出現率は上がりつつあるという現状。そして「怪人と戦えるヒーローを増やしたいんじゃない」というキングの言葉。フラグは立っている。というか、乱立している。
 名前は自分の立場を正確に理解していた。そしてシッチの方も、探し人が名前その人であると確信していた。

 自分が置かれている状況を理解すると同時に、名前は男に背を向けていた。さっさと出よう、こんな所。出口どこか解んないけど。階段の上り下りはしなかったし、適当に歩き続ければ何とかなるだろう。
「待ってくれ、ヒーロー協会はずっと君のことを――」
 名前が逃げ出したことが予想外だったのか、男は暫くの間静止していた。しかしすぐに歩き――というか、走り始める。名前の方も追い付かれまいと走り出していたので、半ば鬼ごっこのようになっていた。
 協会の人間はA市の対応に追われているのか、廊下にあまり人が居ない。見知らぬ部屋をいくつも通り過ぎると、休憩所のような場所に辿り着いた。惜しい。もう一息。
 出口はどこだと辺りを見回せば、設置されている席の幾つかに人影が見える。その中に、見慣れた後ろ姿を見付けた。金髪をオールバックにしている様といい、その身長のせいで肩から上が背凭れからはみ出している様といい、間違いなくキングだ。無事だったかと安堵し、声を掛けようと口を開く。が、「ヒーロー」をやっている時の彼は知り合いに会うのを嫌がるため、名前は判断に困った。
「君、ちょっと、待ち……アイタタ……」
「あ、すみません」
 振り返ると、先の男が脇腹を押さえて立ち止まっていた。御老体を走らせてしまった。名前だって、彼を傷付けようと思って走り回っていたわけではない。ただ、何となく、嫌な予感がしていたから、それから逃げたかっただけなのだ。
 しかしこうして見ると、S級ヒーローの人達がどれだけとち狂っているかがよく解る。この人より、さっき私を抱えて走っていた人の方が年行ってたと思う。
 どうするかなあと名前が頭を捻らせている時、後方から声が掛かった。振り返ると、男が一人立ち上がっていた。しかしながら、キングではない。「てめェは――!」
 声の主は、薄汚れたコートを纏った、顔色の悪い男だった。

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