あの世で私に詫び続けろ

 やがて、宇宙船はゆっくりと墜落した。名前達は協会本部の手前でその様子を見ていた。煙がもうもうと立ち上がり、とてつもない地響きを立てて大地を揺らしている。何かこう、ラスボスを倒した後みたいな雰囲気だ。インベーダーゲームやりたい。どうやら別のヒーローも到着したようで、先程まで死闘を繰り広げていた男達は何やらワアワアと言い争いを始めた。学級裁判の開廷である。
 老人のヒーローに担いでもらっていた名前は、彼の背から降ろしてもらった後、何をするでもなくただその光景を眺めていた。しかしやがて、はっと気が付く。そうだ、キングの安否を確認しなければ。しかし見たところ協会本部の建物は未だ壊れていないようだし、それを考えると彼も無事だろうか。いや、外に出ていたら危ないか……。
 どちらにしろ、あそこまで辿り着くの、結構骨が折れそうだなあ。ヒーロー協会本部の方面を見上げながら、名前はぼんやり考えた。何せそこら一帯が瓦礫だらけだ。ヒーローの人達は皆軽々と此処まで走ってきたが、名前は体こそ丈夫なものの、まったくの一般人だ。しかもいつも引き籠っている。
「お前、何ぼうっと突っ立っていやがるんだ」

 いきなり罵声を浴びせられて、名前は瞠目した。気付けばイアイアンが此方を睨み付けている。しかしその顔色は未だ悪く、どちらかというと名前の方が叱り付けたい気分だった。お前、何いつまでもこんな所に居やがるんだ。治療しろ。
 名前だって、まったくの他人とはいえ、放っておけば死にそうな人をそのままにしておくのは流石に良心が咎める。いや、まあ、助けられたり助けたりしたような間柄ではあるのだから、赤の他人というわけではないか。
「とっとと救護室へ行くぞ」
「え、いや、私は――」
「つべこべ言わず、来るんだ!」
 私の怪我はもう治ったんで――そう言う間もなく腕を掴まれ、協会の方へと引っ張られた。振り解こうと思えばできたかもしれないが、怪我人を手荒に扱うのは気が引けた。心なしかふらふらしているイアイアンに、黙って付いていく。しかし彼の方がよほど大怪我をしている筈だが、痛くないのだろうか。
 ヒーロー協会本部には色々な施設が整っていると聞いていた。おそらく医療設備も充実しているんだろう。
 名前が振り返った時、宇宙船はぶすぶすと黒い煙を立ち昇らせていた。
「姉ちゃんには感謝してるんだぜ、俺はよ」
 話し合いにけりが着いたのか、それとも途中で抜けてきたのか、二人に追い付いた侍風の男――S級ヒーロー・アトミック侍は、そう言って微かに笑ってみせた。


 ヒーロー協会本部の救護室は、病院そのものだった。もっとも、名前自身は病院の世話になったことはない。ゲーム内の背景として見知った「病院」そのものだったのだ。それに、何がどういう事に使われるのかは知らなくとも、器材が充実していることは見て取れる。

 イアイアンがその左腕の処置を受けている間、無論、名前も医師の診察を受けていた。
「……だから、」
 怪我はもう治ったのだと。
 右往左往する医者を前に、名前は何度かそう言い掛けていた。しかしそれが言葉になるかならないかの内に打ち消される。名前の顔は依然として赤く染まっており、それだけ血を流しているのだから、怪我をしていない筈がないと彼らは言うのだ。確かに、その通りだ。普通の人間だったら、これだけの血を流していて無事なわけがない。というか生きている訳がない。実際、名前も何度か死んでいる。
 しかし名前自身、彼らにどう説明すれば良いのかも解らないのだ。怪我はもう治った、としか言えない。流れに身を任せるより他に仕方がない。名前を診ていたのが最初は看護助手、それがやがて若い医者になり、果てはどこぞの病院を任されていそうな年配の医師になった。彼らは皆一様に名前の頭部を触り、困ったような表情を浮かべていた。

 困り切った医者達の質問を受けながら、名前はいい加減自分が不死身であることを説明するべきか悩んだ。しかし、説明して解ってもらえるような気がしない。それならいっそ、このまま誤魔化した方が良い。――うん、よくやる手だ。
「あの、実はこれ、私の血じゃないんです。私を庇ってくれたヒーローの方ので」
 名前がそう言うと、医者達は一瞬動きを止めた。ざわざわと囁き声が広まっていることから、致死量に相当するような血が流れた怪我が独りでに治るよりは、いくらか信憑性が高いと判断したらしい。ざわめきの中、名前は立ち上がった。「私、大丈夫ですから」
 色々と面倒くさそうだった。もうキングなんて放っておいて帰ろう。多分大丈夫だろう。多分。

 さっさと立ち去ろうと出口へ向かう名前の背に、医者達が制止の声を掛ける。しかし、名前は立ち止まらずそのまま部屋を後にした。一歩外に出ればそこは見慣れない廊下で、頑丈そうな素材に窓一つ無いのが印象的だった。息が詰まりそうだと、何となく思う。出口はどっちだったろう。結局答えは出ず、勘を頼りに歩き始めた。そして曲がり角に差し掛かった時、スーツを着た壮年の男性とぶつかりそうになった。
「あ、すみません」
「いや、こちらこそすまない」
 名前が謝ると、男の方も謝罪の言葉を口にした。そしてふと、男はそのまま名前の顔を見詰める。名前はその時になってから漸く自分の顔にまだ血が付いていることを思い出した。驚かせてしまったかなと申し訳なく思う。
 しかし、男が――シッチが名前の顔を穴が開くほど見詰めているのはそれが理由ではなかった。「君は……」

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