03

「ねえ、名前はどうしていつも寝ているの?」
 チョウジがそう尋ねた時、名前はひどく眠たげだった。彼女の瞼は見るからに重そうで、放っておけばすぐに上下が引っ付いてしまうだろう。隣に居るシカマルが、「こりゃ駄目だな」と小さく呟く。

 今は昼休みで、チョウジは名前を昼食に誘った。いつもはシカマルと二人きり、校庭の木陰や屋上でぼんやりと過ごすのだが、この日は移動せず教室で食べることにした。シカマル曰く、「名前と一緒なら、変に動くより堂々としてた方が良いだろ」とのこと。下手に動けば、そういう仲なのだと噂される。この年頃の男女間は複雑だ。
 名前はいつも一人、教室で弁当箱を広げていた。もっとも食事よりも睡眠の方が大事なのか、そのまま寝ていることも多い。昼食の時間を待ち切れず、早弁をすることさえあるチョウジには、彼女の食への関心の薄さは信じられなかった。まあ、この日は何とか食べているが。そのスピードは蝸牛並みだ。里芋の煮っ転がしが美味しそうだった。
 ――多分だが、名前には友達が居ない。いや、居ないということはないだろうが、特定の誰かと仲良くしているのを見たことがなかった。しかしそんな名前だからこそ、席を同じくして昼食をとっていても何も言われないのだ。名前以外の女子だったら、おそらく別の場所で食べた方が無難だったろう。

 シカマルは、名前を誘う事に対し、あまり良い顔はしなかった。面倒臭がりな彼は変化を嫌う。しかも相手は女子だ。シカマルという男は、女の子を当然のように面倒くさいものと思い込んでいる節があった。もっともその意見には、チョウジも同意する。半分くらいは。
 しかし、チョウジは何となく名前のことが心配だったのだ。
 チョウジの問い掛けを受けた後も、暫く名前はぼんやりしていた。そして咀嚼していた芋を呑み込み――まだ食べていたのか、信じられない――言った。
「だって、眠たいんだもん」
「眠たいっつっても、限度があるだろうよ」
 そう間髪入れて突っ込んだシカマルに、名前は薄っすらと笑みを浮かべた。
「シカマルの言う通りだよ。このままじゃ名前、アカデミーを卒業できないよ?」
 チョウジが彼女のことを気に掛ける理由は、恐らくそこにあった。
 名前はきっと、今のままでは卒業できない。別に彼女が忍になろうとなるまいと、チョウジには関係のない話だ。しかし、いつも寝ていて、おまけに成績もさほど良くない彼女の姿は、自分のそれに重なる。名前が卒業できないとはつまり――自分もそうなるのでは。

 名前がどういう理由でアカデミーに通っているのか、チョウジは知らない。もしかすると行儀見習いの為に入学しただけで、忍になる気はないのかもしれない。それならばそれで良い。実際、アカデミーに入学した生徒の内、半数以上は忍にならないのだ。しかし、さっきの授業の後、彼女は言った。ありがとうと。
 ――起こしてくれて、ありがとう。
 彼女は一応、授業を受ける気はあるのだ。そうでなければ、礼など言わない筈だ。名前はきっと、忍を目指している。そしてきっと、自分と同じようにアカデミーを卒業できないかもしれないと恐れている。確証はなかったが、チョウジはそう信じていた。

 名前は暫くの間、ぼんやりとチョウジを眺めていた。その目はやはり眠そうで、見ている此方まで眠気に襲われそうだった。
「チョウジ君、心配してくれてるの?」名前がふにゃりと笑った。「ありがとう」
 そのままにこにこと笑い続けている名前に、チョウジとシカマルは顔を見合わせ、それから嘆息する。
「お前なあ……」シカマルが頭を掻いた。

「ボク、真剣に心配してるんだからね」
「あはは。ありがとう。お礼にタコさんウインナあげる」
「もらう!」
「チョウジ、はぐらかされてんぞ」
 最初は名前の持つ独特のオーラに引き気味だったシカマルも、今では苦笑を浮かべていた。名前はにこにこと笑っているし、そんな彼女にチョウジもつられて笑ってしまう。結局昼休みいっぱい使っても、名前が何故ああも常時寝ているのか、その理由を知ることはできなかった。解ったのは、起きている彼女が存外面倒臭くないことくらいだ。
 チョウジは授業の時いつも名前の隣に座るようになった。シカマルは彼女のことを面倒臭がらなくなった。名前も雲を眺めるのが好きだった。三人で駄菓子屋へ寄ったり、並んで木の陰に寝そべるのはとても楽しかった。この日から、三人は友達になったのだ。

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