押し売りお断り

「あーッ!」自分の背後から聞こえたその声に、名前は歩みを止め、何事かと振り返った。「やーっと見付けた! ですよねぇ!」
 そこに居たのは武器商人のスィンドルで、名前は密かに溜息をついた。無論呼吸などしていないが、心なしか排気音がした気がする。名前の元へ寄ってきた彼の顔はニコニコと笑みを浮かばせていた。胡散臭い笑顔だ。
「お前、こんな所で何をしているんだ?」
「もちろんお仕事なんですねえ」
 仕事?と鸚鵡返しに尋ねれば、スィンドルは嬉しそうにはい!と返事をした。
「メガトロン様ならお休みになっていると思うが」
「いえいえ、今日は名前さんにお売りしたい物があって、此処までやってきたんですよねぇ!」
「私に?」
 スィンドルはもう一度、「はい!」と返事をした。やはり胡散臭い。

 名前はこの強欲な商人のことが嫌いではなかった。彼の提供する品は、値段が張りこそすれ、品質は確かに保証されている。女型で他に比べると非力な名前は、より強力な武器に頼る他なかった。そこでスィンドルの力が必要になってくるのだ。
 スィンドルはメガトロンの元へやってきた時、必ず名前の元へも足を運んでいた。おそらく、彼の良き顧客の一人として認識されているのだろう。顧客と書いて、金づると読むのかもしれないが。
 商品を売ったらすぐに姿を消すその在り方も、まあ受け入れられるかは別として、嫌いではなかった。
「今日は名前さんだけ、特別にご提供したい品を持ってきたんですよねぇ」スィンドルが言った。「とても貴重な逸品ですよぉ!」

「宇宙に一つしか存在せず、何でも造れて何でもできちゃうんですよねぇ! いつでもどこでも一緒に居られるし、欲しいことは何でもしてくれる――」
「待て、お前の言っている「商品」は生き物なのか?」
「流石は名前さんお目が高い!」スィンドルが殊更晴れがましい笑顔で言った。「トランスフォーマー、なんですよねぇ!」
 ――こいつ、とうとう人身売買にまで手を出したか。
 その他にもぺらぺらと売り文句を並べ立てている商人を見ながら、名前は内心で肩を竦めていた。この商人は妙にあくどい所があるとは思っていたが、時折ディセプティコンより悪い事をしているんじゃないかとも思えてくる。エンブレムが似合うのも道理というものだ。
 スィンドル曰く、商品のトランスフォーマーは丈夫で力持ち、従順で愛らしいとか。愛らしいって何だ。
「おい、何故私になんだ」
「それはもちろん! 名前さんが特別な人だから、ですよねぇ」
「特別、ねえ……」
 スィンドルは名前が怪訝な表情を浮かべていることなど少しも気付いていないようだった。いや、気付いていて無視をしているのかもしれない。

 口を閉ざしたまま、名前は彼の言う「商品」について考えていた。トランスフォーマーを買うということは、つまりは自分の部下を手に入れるということだろうか。いまいち纏まりの薄いディセプティコンの同僚達を頼るより、自分の部下を動かす方がいくらかマシかもしれない。貴重かどうかなどはどうでも良かった。ただ高性能で従順、それは魅力的だ。
「良いだろう」ディセプティコンの一員である名前は、もちろん人身売買など歯牙にもかけない。「買ってやる」
「よっ、大統領! きっと名前さんならお買い上げ頂けると思っていたんですよねえ!」
「御託は良い。とっととそのトランスフォーマーを連れてこい」
「その事ならば、既にあなたの目の前に」
「は?」

 スィンドルはその両腕を自分の方へ向けた。
「このスィンドル、何でも造れちゃうし何でもできちゃうんですよねぇ! 名前さんの為になら例え火の中水の中! あなただけのスィンドル、ですよねぇ!」


 暫くの間、名前とスィンドルは見詰め合っていた。もっともニコニコと胡散臭い笑顔のままのスィンドルの傍ら、名前は間が抜けた顔をしていただろう。
 こいつ、ぶっ壊してやろうかな。
「申し訳ないですが、クーリングオフはやってないんですよねぇ」などとほざいているスィンドル。彼なりのジョークだったのかもしれないが、名前は決して気が長いわけではなかった。このままスクラップにしてやりたい。

「……仕方がないな」
 名前がそう口にすれば、スィンドルの笑みが初めて崩れた。「買ってやるからスィンドル、とっとと貴様の値段を言え」
 スィンドルの表情を映し出すモニターは単色だ。色などつかない。しかしその無機質な顔からも、彼の動揺は読み取れた。焦り始めた――もとい人間であれば赤面状態だったろうスィンドルを見て、購入もやぶさかではないと、名前は心の中で思っていた。

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