手を引いても、決定権は君に

 出先で顔を合わせたので、そのまま一緒に昼食を取りに行くことになった。名前はどうも、葬儀やら何やらで金欠状態らしい。自分が奢ると言うと、彼女は最初申し訳なさそうにしていた。しかし「今度は名前が俺に奢ってくれ」と言えば、やがて笑って頷いてくれた。
 ジェノスと三人、うどん屋へ入る。注文を終え、何となく沈黙が漂っている中、名前が尋ねた。「そういえば、サイタマ君は何の仕事をしているの?」サイタマの顔が硬直する。
 どうも、名前は以前からジェノスのことは知っていたらしい。彼がヒーローとして活動していることも。それだけS級ヒーローの知名度が高いのだろう。今までだって、ジェノスと二人街中を歩いている時に、彼だけ声を掛けられることが二度、三度とあった。しかし、何故だか釈然としない。
 横に座るジェノスの視線を感じた。
「……ヒーロー」


「えっ」名前が目をぱちくりと瞬かせた。「そうだったの?」
「知らなかった。凄いんだねえ」
 心底感心したという風に息をついてみせる名前を、サイタマはじいと見遣る。
 彼女は自分がヒーローをしていることを知らなかったらしい。確かに、考えてみれば今のところ、ヒーローの格好で彼女に会ったことはない。未だヒーローネームとやらもついていないし、サイタマのヒーローとしての知名度は低いのだろう。
 まあ、俺も同級生がヒーローをやっていると知ったら驚くに違いない。
「ん……」そう言えば、今の自分は髪が無い。名前が知っているサイタマは髪がある。仮にヒーローをしているサイタマを見たことがあったとしても、気が付かなかったとしても無理はないのかもしれなかった。辛くなってきた。「まあな」
「ごめんね、知らなかったよ」
「いや、いいよそんなの。プロヒーローになったのはこの間だし」
「そうなんだ。サイタマ君偉いんだねえ」
 にこにこと笑う名前に、何となく調子を狂わせられる。隕石を破壊した後、こんな風に褒めてくれた人間は居なかった。誰かの評価が欲しくてヒーローになったわけではないとはいえ、批判ばかり受ければ気が滅入る。もっとも彼女は、サイタマが隕石を破壊したと未だ知らないのかもしれないが。
 彼女の素直な言葉に、サイタマは少しだけ頬を掻いた。
「けどよ、別にヒーローだからって偉くないぜ。ヒーローランクとかいうのだけなら、ジェノスの方が高いし」
 ジェノスがぎょっとしたように「先生……!」と呟いたが、名前は再び笑い、首を振った。
「もちろんジェノス君も凄いよ。でもヒーローをやってることだけで、凄いなって私は思うよ」にこにこと微笑みながら、名前が言う。「みんなの為に戦ってくれてるんだもの。なかなかできることじゃないよ」
 そうかー、ヒーローだったのかーと納得したように呟く名前に、サイタマは再び頬を掻いた。

「あのさ、名前はさ、例のヒーローをどう思う?」
 手持無沙汰な様子で店のメニューを眺めていた名前は、至極不思議そうな顔でサイタマを見た。
「この間のやつだよ」サイタマは説明した。先日、隕石がZ市を襲った事件。S級ヒーローが二人と、そこにC級ヒーローが混ざっていた時の事。巷ではそのC級ヒーローがS級ヒーロー達を邪魔していたとか、彼らの手柄を掠め取っていっただとか噂になっていることを。「どう思う?」
 名前は暫く黙っていたが、やがて途切れ途切れに言った。どうやら真剣に考えながら、言葉を選んでくれているらしい。
「あんまり詳しく知らないんだけど、そのヒーローが手を出さなかったら隕石は壊れなかったのかもしれないし……。だとすると、今の状況が一番ベストだったのかもしれないじゃない? だから……うん、納得はできないけど……私はその人に感謝してるよ」
 彼女が口を閉ざした時、丁度店員がうどんを運んできた。彼女は微かに笑いながら「のびない内に食べようよ」と二人を促す。名前が食べ始めるのを見てから、サイタマも自分に運ばれてきたうどんに手を付けた。割り箸を割るのには失敗したが、この時に食べたうどんはひどく美味しかった。

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