慰めるふりで糸を絡めた

 趣味でなく職としてヒーローになる前から、サイタマは何度か壊滅的な危機を救っていた。怪人や天変地異にそれぞれレベルが付けられることを知ったのはつい先頃だが、先日のような災害レベル“竜”を倒したことは何度もあるのだ。それに伴い、壊滅した街だっていくつか見てきた。奇しくもタンクトップ何とかが言っていた通り、Z市を半壊させたのはサイタマで間違いなかった。
 しかし、サイタマはそれを間違っていたとは思わない。
 サイタマは、確かに街を破壊した原因を作った。もしかすると、被害をもっと抑えることもできたかもしれないことだって解っている。自分の行為が、考えが、間違っているとは思わない。ただ、だからといってサイタマが何の責任も感じていないわけではなかった。実際、住人達に責められた時は心が痛んだ。

 サイタマはぼんやりとスーパーむなげやへ向かっていた。そろそろ冷蔵庫が空になるのだ。安売りを知らせるチラシを手に、最寄りのスーパーマーケットへ向かう。サイタマはゴーストタウンとなっているZ市東部のマンションに勝手に住んでいる。その為、一番近いスーパーと言っても、かなり歩かなければならなかった。買い出しはジェノスに任せることもあるにはあるが、彼は金に糸目を付けない為、収入の少ないサイタマにとって非常な痛手となる。店まで遠いこと自体は別に良いのだが、冷凍食品や生ものを買う際に気を付けなければならないのは難点かもしれなかった。
 そういえば、一番通いやすいスーパーはこの間の隕石事件で潰れてしまったのだった。
 すると川を挟んだ向こう側へ行かなければならない。手にしていたチラシの一枚目を捲りながら、サイタマはふと自分の前を歩く女に気が付いた。いつの間にか居住区近くまで来ていた。まあ、そうは言っても先日の隕石のおかげでこの辺りも廃墟となりかけているが。何の気なしに見ていたら、どうにも見覚えがあることに気が付いた。
 じいと目を凝らし、見詰める。そして気が付いた。多分、中学の時の同級生だ。声を掛けようかそのまま通り過ぎるか迷ったが、結局「よお」と声を出した。振り返った彼女は、やはりサイタマが思った通り知り合いだった。中学で同じクラスだった名前だ。
「えー、と……ご無沙汰しております」
「何でだよ」あからさまに困った様子で頭を下げた名前に、サイタマは苦笑を浮かべた。「俺だよ俺。中学の時クラスメイトだった。サイタマだよ」
「えっ、サイタマ君? 久しぶりー!」
 サイタマが誰なのか気付いた――思い出したと言っても良いかもしれないが――彼女は、嬉しそうに笑った。「ちょっと……イメージ変わったね?」
「おいそんな気ィ遣ってくれなくていいよ……」
「え、え? ご、ごめんね?」
 何だろう、この感じ。最近はジェノスとか、そういうヒーロー連中とばかり関わりがあるから、彼女のような「普通」の感じは久しぶりだ。連中は俺のこと、ハゲハゲ普通に言うからな……。

「名前はこんなとこで何やってんだ?」
 家こっちの方だっけ?と問い掛ければ、は名前困ったように笑った。その笑みに違和感を覚えたものの、サイタマはさして重要だとは思わなかった。「んー……今ちょっと家がなくて」


 サイタマはいつもと同じような退屈そうな表情のまま彼女の言葉を聞いていたが、内心で焦っていた。
「ほら、この間の隕石の事件があったでしょう? それで……私の家全壊しちゃって。あと職場も。お父さんもお母さんも家に居る時間だったから、私一人でさ……あ、今は災害時の救済措置でZ市のシェルターに住んでるよ。絶職探し中なの」
 名前は別段変わった風もなく、世間話でもするかのように口にした。サイタマ君仕事紹介してくれない、などと冗談を挿みながら。意気消沈、という風ではなかった。しかしながら、サイタマはある種の責任を感じていた。彼女の口振りからして、サイタマがZ市半壊の中心人物だとは知らないようだ。もしくはそうだと知っていても、単に信じていないのかもしれないが。
 ――何にしろ、サイタマは激しく自責の念に駆られていた。
 今までに何度も地球の危機を救ってきた。それに伴っていくつもの都市を破壊してきた。しかし、これほど申し訳のなさを感じたのは初めてだった。見知った人が被害を被っているというだけで、これほどショックを受けるものなのだろうか。こういう風に言うと自分がとても薄情な人間に思えるが――サイタマ自身人助けをしたいと思ってヒーローになったわけではないし、その過程で何人もの人間が害を被ったとしても、仕方のないこととして割り切っている。自分が手を出した時の方が確実に被害が小さくなっているのなら、それが正しくないとは言えない筈だ。

 しかし、名前という元クラスメイトの存在は、激しくサイタマの心を揺らした。彼女が知人だからなのか、それとも家を失い、家族を失い、職を失ったという具体的な被害を聞いたからなのか、彼女の微笑みがひどく苦しげに見えたのだった。
 いや、単なる知人、単なる元クラスメイトだったなら、ここまで心を痛めただろうか。
 名前とはさして親しい仲ではなかった。中学校の三年間、一度だけ同じクラスになったことがあるが、それだけだ。会えば挨拶くらいは交わしたが、それでも中学校を卒業した後は同窓会くらいでしか会っていない。

 苦笑している名前を見詰めながら、サイタマは中学生時代を思い返していた。――あの日、彼女と交わした言葉は何だっただろう。やがてサイタマは口にした。
「なあ、俺ん家の隣に住むか?」

[ 695/832 ]

[*prev] [next#]
[モドル]
[しおりを挟む]



×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -