いくら言葉を紡いでも

 難関は突破した。

 ――名前にとっての難関、それは筆記テストでも体力テストでもなかった。
 次の日曜、名前は試験を受けに街へ繰り出していた。ヒーロー試験の会場となっているのは、市に設置されている防災シェルターで、そこには人間と怪人を見分ける為の生体認証機が設置されていた。シェルターは無論、怪人の脅威から市民を守る為に設置されている。あらゆる衝撃や熱に耐え得るよう作られているらしいが、内側に入り込まれたのでは意味が無い。そこで、入り口には人間なのか怪人なのかを判別する機械が備えられていた。以前避難警報が出された後に、この避難所に怪人が潜り込んだことがあったらしい。
 名前は怪人だ。ぶっちゃけると、この機械に引っ掛かる。ヒーローになるかならないかとか、試験がどうこうとか以前に、怪人と見破られてしまえば世話は無い。ヒーロー志望が何人も来るわけで、彼らは名前を倒して無事にヒーローになることだろう。一人二人ならともかく、何十人もの腕自慢を相手にするのは骨が折れる。しかも自分からヒーローの巣窟に入っておきながら返り討ちにされるなんて、笑い話にもならない。絶対に避けたい事態だった。
 しかし、それを名前は乗り越えた。
「――すみませんペースメーカーが」
 ついでに言っておくと、ペースメーカーのごり押しは無免ライダーの案だ。怪人がヒーローになってはいけない、とは書かれていない――と彼は笑っていた。しかしそういうのを屁理屈と言うのではないだろうか。

 ヒーロー認定試験は事前に確認した通り、筆記テストと体力テストの二つが行われた。配点は五十点ずつ、七十点で合格だ。手応えはどうかと言われると、これが何とも言えない。
 体力テストの方は、確かに名前は他の人間達の平均を上回っていたように思う。いくらこの二ヶ月ですっかり鈍ってしまったとしても、腐っても怪人だ、人間とは体の造りが違う。しかし、名前のすぐ前に試験を受けていた男の方がよほど身体能力に優れていた。というか垂直跳びで天井を突き抜けていた。人間怖い。
 しかし筆記の方がどうにも自信が無い。確かにヒーローとしての心構えや、災害時に何をすれば良いかなどを問うものばかりだった。これは恐らく、ヒーローを目指す人間には簡単なものなのだろう。しかし名前は怪人、海人族だ。『怪人』に襲われることに恐怖して生きてきたわけではない。結局、筆記テストの方は無免ライダーだったらどうするかと考えながら欄を埋めた。合格できる気がしない。

 正午から始まったヒーロー試験、全員のテストが終わったのは三時頃だった。結果が出るのはその一時間後。試験を受けにきた人間は圧倒的に男が多く、女は数える程しかいなかった。別に彼女達と慣れ合うつもりもなかったが、結局名前は四時まで一人でぼんやりと過ごしていた。
 結果は合格だった。しかも九十六点。結果の通知書にはS級ヒーローに認定すると書いてあった。このシェルターの中へ入れたことや、フルフェイスヘルメットとライダースーツで試験を受けられたことなど、やはりヒーロー協会は様々な点で頭がどうかしている。


 合格者は名前の他に二人だけだった。どちらも若い青年で、髪の毛の無い男と、金髪で体が機械のようになっている男だ。禿げた方が簡単に自己紹介をしてくれたので、名前もそれに倣った。ハゲの方がサイタマで、ロボットのような方がジェノスというらしい。どうやらこの二人は知り合いらしく、二人でヒーロー試験を受けに来たそうだ。サイタマがぎりぎりで合格したらしいと聞いて、ジェノスが協会に文句を言いたそうにしている。
 というかこのサイタマという男、さっき天井突き破ってた男だ。
 サイタマは天井を突き破るし、ジェノスは百点満点でS級ヒーローになっているしで、名前は自分がとんでもない間違いを犯しているような気になってきた。いや、確かに怪人がヒーローになろうとしている時点で何かが間違っているのだが。
「名前もS級ヒーローになったんだよな。じゃ、強いのか?」
 気の抜けた顔、気の抜けた声、気の抜けた言葉で、サイタマがそう尋ねた。興味があるのか、それとも無いのか、判断が付けづらい。
「さあ……テストで成績が良かったからと言って、強いのかどうかは解らないわ」
「あー、そっか」サイタマは笑った。「でも、他の奴らよりは強いんだろうなー」

 第3ホールで合格者のセミナーが行われた。怪人やその他自然現象により起こる災害にはそれぞれレベルが設定されることや、ヒーローのランキングはその働きや人気で決まること、自分が属するランキングで1位になると上のランクに繰り上がること、C級ヒーローは数が多い為に週に一度はヒーローとして活動する義務があること等。ちなみに、説明をしてくれた人もヒーローだったらしいが、名前は少しも知らなかった。
 サイタマ達とはセミナーの後に別れた。どうも、二人は師弟関係にあるらしい(サイタマは否定していたが)。心なしか疲労感を感じながら、名前は帰途についた。早く家に――無免ライダーの家に帰りたい。そうして、彼に話を聞いて貰いたい。
 ふと、自身の腰に括られたベルトの存在を思い出した。飲み水を持ち歩くために付けているそれには、小物を収納する為の僅かなスペースがある。そしてそこには、先日買ったばかりの携帯電話が入っている。
 そうか、こういう時に使うのか。
 確かに便利だ、携帯は。何か早急に報告したいことがある時、相手が近くに居ない時に。電話を受け、いつもと同じように笑いながら話を聞いてくれる無免ライダーの顔が脳裏に浮かんだ。自転車に跨ったまま地に足を付け、携帯を手にし、名前と同じようにオレンジ色に染まっている彼の姿が。
 名前は無免ライダーと話がしたかった。
 無免ライダーと同じ機種で、海のような色をした携帯電話を手にしたまま、名前は暫く立ち尽くしていた。別に使い方が解らないわけでも、無免ライダーの電話番号が解らないわけでもない。どちらも買った日に無免ライダーに教えて貰っていた。しかし結局、名前は携帯を元通りに仕舞い込み、ゆっくりと歩き出した。

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