一口に携帯電話と言っても、色々な種類があった。共通しているのは片手で操作できるということくらいだろう。番号を入力してやり取りする筈なのに、番号を入力する為のボタンがないものどころか、そもそもそのボタンすらないものもある。人間はどうやら、短絡化するのが好きらしい。しかしその割には直接会おうとせず、こうして声だけでやり取りする為の機械を好んで作るわけで、理解し難い。わざわざこんな機械を造って買って、持ち歩くより、話し相手に直接会いに行った方が早いだろうに。
 名前が眉を寄せてショーケースを睨んでいるのを見て何を思ったのか、無免ライダーは「好きなのを選んで良いよ」と言った。
 今の無免ライダーは、無免ライダーであって無免ライダーではなかった。Tシャツにジーンズといったラフな格好で、勿論ヘルメットも被っていなければ、ゴーグルもつけていない。見た目だけならただの一般人だった。
 片手を吊っている以上、満足なヒーロー活動ができるとは思えない、そう判断したからだった。彼はこれからの数日を療養に充てるつもりらしい。もっとも、最初はヒーローが休んでいるわけにはいかないと、いつも通りライダースーツに身を包むつもりだったようだ。結局諦めてはいたが。代わりというわけではないが、今は名前の方がライダースーツだ。通気性に優れ、絶対に中身が見えない服はこれしかなかった。

 人間達は、普段着の無免ライダーを見ても何の行動も起こさなかった。先日、F市から帰る時は大勢の人間に囲まれたのに。ヒーローでない無免ライダーにはまったく興味が無いということか。
 実際には、単に無免ライダーが市民に素顔を明かしていないために、誰からも気付かれていないだけだった。半年もの間、C級一位に留まっている無免ライダーのことを、知らない者は居ない。入れ替わりの激しいC級ヒーローの中で、常に高ランクを維持しているということは、つまりそれだけ支持が高く、同時に知名度も高い。仮に無免ライダーが自分の顔を公表していたなら、客の少ないケータイショップであったとしても、瞬く間に囲まれていただろう。
 しかし無免ライダーはヒーローとしての姿しか明かしていなかった。結果として、市民が今の彼をヒーロー・無免ライダーだと気付くことはまずない。そうと知らない名前の目には、人間という種族がいやに薄情に映った。
 名前達海人族は、何よりも一族の繋がりを大事にする。過酷な環境の中で生き残るため、その繋がりは強固でなければならないのだ。誰かが困っていれば手を貸すのは当たり前だし、鰓のついた者は全員が家族だという認識すらある。海にはテレビやネットなどという情報端末は無いが、その代わりに数年に一度一族中が集まることで、誰がどこに居るのかはちゃんと把握している。無免ライダーは近所に誰が住んでいるかは知っていたが、斜向かいの家が何人家族だとか、駅前の小ビルが誰のものなのかなどはとんと知らなかった。
 人間は、繋がりが希薄だ。
 だから携帯などというものを欲しがるのだろうか。顔を合わせれば済むことなのに、わざわざ重い機械を持ち歩いたりなんかして。いやにしっくりくる答えに、名前は少しだけ誇らしい気分になった。少しだけ人間のことを――ひいては無免ライダーのことを理解できた気がする。
 名前が一人満足していると、隣に立っていた筈の無免ライダーが名前の二の腕を突いていた。何をするのだと彼を見れば、無免ライダーは苦笑しながら「順番が来たよ」と言った。

 窓口に二人揃って腰掛ける。カウンターの向かい側には人間の女が座っていて、彼女は生暖かい笑みを浮かべていた。女は――この店の店員の一人だろう――「本日はどのようなご用件でしょうか」と名前達に尋ねた。主に、無免ライダーの方を向いてだった。それは彼が無免ライダーだからではなく、名前の格好がケータイショップには不釣り合いだったからだろう。
 名前はいつものライダースーツに加え、オートバイ用のヘルメットを被っていた。無免ライダーが被っているような頭部だけを覆うようなものではなく、目元以外すべてを隠せるフルフェイス型のものだ。いくら名前に人間の常識が備わっていないとはいえ、この格好がおかしいということくらいは解っている。ついでに、ヒーロー協会へ提出する用の写真もこの格好で撮った。ヒーロー協会は狂っている。
「新規ご契約ということでよろしかったでしょうか?」
「はい、彼女のものを」
 にこやかに答えた無免ライダーに、店員は「あ、この人女だったんだ」という顔をした。客商売は大変だ。

 次々と浴びせられる質問事項には、大抵無免ライダーが答えた。名前はただ横に座って、ぼうっとそのやり取りを眺めていれば良かった。しかしまあ、この女は客の対応に慣れている。
「名前さん、希望の機種は決まった?」
「えっ」唐突に話を振られても困る。
「色々種類があるけど、好きなものを選んで良いんだぞ」
 にこりと笑う無免ライダーは、家に居る時と全く変わらなかった。
「別に、何でも……あんたのと一緒で良いわ」
「そう?」
 無免ライダーは容量や解析度が違ったりするのだと少しだけ説明を加えたが、あまり強くは言わなかった。名前がさほど携帯に興味を抱いていないことを察したのだろう。結局、無免ライダーが持っていたものと同じ種類の、色違いを買うことになった。

「今なら恋人プランがお安くなっておりますが」
「あ、じゃあそれで」
 この人が何を考えているのか、いまいち解らない。

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