しんじる掌に導かれて

 無免ライダーが桃源団に大怪我を負わされ、名前がヒーローになることを決意した次の日、二人は――ケータイショップに来ていた。


 家へ帰るのは簡単だったが、それからが難儀だった。無免ライダーが骨折したのは利き腕だった為、ヒーロー活動はおろか、家事を行うことすら不可能に近かったからだ。ついでに、この日の夕食はコンビニで買った幕の内弁当だった。
 無免ライダーに弁当を食べさせながら、いつぞやに見たテレビの光景を思い出す。彼に直接言いはしなかったが、鳥の雛に餌をやっている気分だった。もっとも、素直に口を開き、咀嚼を繰り返す無免ライダーを眺めているのは面白かった。

 無免ライダーは、ヒーローになる方法は基本的に一つしかないと言った。定期的に開かれるヒーロー試験で合格点を取る、それがヒーローになる方法だ。ヒーロー協会に直接スカウトされる場合もあるそうだが、それは本当に稀な事らしい。そして運の良いことに、次の日曜日がヒーロー試験の開催日だった。試験に合格して初めてヒーローに認定され、ヒーローだと名乗ることが許されるようになる。別に、ヒーローになどなれないならなれないで良いのだが、やる気になったところで恵まれたこの幸運だ。乗らない手はない。
 その日、無免ライダーはヒーロー協会ホームページにアクセスし(パソコンを操作したのは名前だが)、募集要項を見せてくれた。液晶を覗き込んだ結果、試験には体力を測るものと、筆記試験があることが解った。おそらく、体力テストの方は何も問題ないだろう。名前は人間より丈夫だったし、力もある。問題は筆記試験の方だ。
 名前はこの二ヶ月の間で確かに人間の文字も読めるようになったし、書くことさえできるようになったが、人間としての一般常識が備わっていなかった。しかしながら、ヒーロー試験の筆記試験は常識が問われるものではないらしい。
「うーん」無免ライダーが唸った。「このテストは、主に正義感をみるものだったと思う。ヒーローとして何を考えなければならないかとか、善悪についてだとかね。確か、体力と筆記が五十点ずつ配点されていて、併せて七十点取れば合格じゃなかったかな。要は、どちらも三十五点取れればいいんだよ」
「随分と簡単に言うじゃない……」
 名前の呆れ声が聞こえなかったのか、それとも聞こえなかった振りをしているのか、無免ライダーは名前の頭の上に手を置いて笑うだけだった。「名前さんなら大丈夫だよ」。ぐりぐりと撫ぜられながら、やはりこの人は私が怪人だと忘れているのだろうと本気で思う。

 容姿のことは何とかなる、無免ライダーはそう請け合った。いやに自信があるようだったので、何をする気かと尋ねるのはやめた。ここで問題となったのは、名前の個人情報に関することだった。
 これには無免ライダーも少しの間頭を悩ませていた。怪人の名前は、もちろん人間としての戸籍を持ってはいない。今は無免ライダーの所に居候している形を取っているので、そういう個人情報は使う機会がなかった。
 結局、住所や連絡先は彼のものを使うことになった。無免ライダーが言うには、仮に協会がこの住所が無免ライダーのものと同じだと気付いても、同棲していると勝手に勘違いするだろうということだった。適当過ぎる。そして来歴やその他の個人情報は――適当にでっち上げた。
 正義の味方が、個人情報詐称を手伝っている。
「ううん……携帯か」無免ライダーが小さく呟いたのを、名前は確かに聞いた。「名前さん、明日携帯を買いに行こうか。どうせ提出する証明写真も撮らなければならないのだし」
「ケイタイ、って、電話のことでしょう? そこに書いたのとは違うの?」
 プリントアウトした登録用紙には、既に無免ライダーの家の固定電話の番号が記されていた。持ち歩ける電話があることも知っていたが、固定電話だけ書いてあれば充分だろうと思ったのだ。実際にその通りだったらしく、無免ライダーは頷いた。
「まあこれだけでも足りるだろうけど、これからヒーローとして活動するのなら、すぐに連絡の取れる携帯は持っている方が良いよ。俺も、名前さんといつでも連絡できる方が便利だし――例えヒーローにならなくてもね」
 ヒーローになれなかったら、名前は今まで通りの生活を続ける筈だ。彼以外の人間と関わることはないだろう。別に携帯電話が必要だとは思わないのだが、まあ無免ライダーの言うことは間違いではないのだろうし、彼が良いと言っているのだからと言葉に甘えることにした。

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