忠誠とは

 名前がスコルポスの自室を訪れた時、彼はまた何やら機械をいじくっているようだった。言動こそ不良少年のくせに、妙な所でインテリだ。副指揮官である彼は、同時にデストロン軍の頭脳でもあるのだ。名前は機械類にあまり詳しくはないから、彼が今何をしているのかは解らないし、そもそも見当が付かないのだが。まあ、どうせメガトロン辺りに爆弾の開発でも頼まれたのではないか。
 名前は特に足音を隠すことなく、スコルポスに近付いていく。手元に集中しているサソリ野郎は、自分の背後に立った女性型トランスフォーマーに気が付かないようだった。名前はこっそりと、彼の肩越しに作業台の上を覗きやった。何を作ろうとしているかどころか、細かな部品一つ一つが何かすら解らない。しかしこいつ、手ぇチョキのくせによくもまあ器用にやるな。
 そのまま名前はスコルポスが部品を組み立てたり、別の機械の部品をばらしているのを黙って眺めていたのだが、彼は一向に気が付かなかった。その集中力に、半ば感心する。しかし同時に、私がサイバトロンだったらやばいんじゃないのかなあと心配もする。――スコルポスの邪魔をしたいわけではないのだが、致し方ない。
 名前が彼の肩に手を置けば、スコルポスは野太い悲鳴を上げ、文字通り飛び上った。

「吃驚したぁ――……何だテメェかよ、オラ」
 瞬く間に顰め面になったこいつは、相当名前のことを嫌っている。「んだよオラ邪魔すんじゃねーよ」
 スコルポスは両腕の鋏をカッカと鳴らし、不機嫌を隠そうともしなかった。名前は副指揮官殿を見詰めながら、「邪魔をしたことは謝るわ」と素直に口にした。
「メガトロン様がねえ、進行状況はどうかって」
「あぁ?」
 一瞬声音が柔らかくなったのを、名前は聞き逃さなかった。
 スコルポスがちらりと作業台の方を見遣った。それに倣い、名前も横目でそちらを見る。机の上には各種の部品がばらばらと並べられていた。名前はメカニックに強くなかったから、彼が何をしようとしているのかは解らない。しかし、完成に程遠いということだけは理解することができる。名前の視線を感じたのだろう、スコルポスはばつが悪そうに「ボチボチだよ」と言った。
「そう。じゃ、まだ未完成ですって伝えとくわ」
「てゆーかー、何でお前がメガトロン様に直々に仰せつかられてる感じなわけ?」
 今度は名前の方が表情を険しくした。「知らないわよ。私が暇そうだったからじゃないの」
 スコルポスはその言葉遣いこそ軽々しく、声だけ聞けばただの雑談の一環として捉えられそうなのだが、その雰囲気たるや、そこいらのヤンキー以上に重々しい。度々鋏からカッカッと音が発せられるのも、状況によっては脅されているような心地すらする。
「メガトロン様に気に入られてるからって、あんま調子乗ってんじゃねえぞ、オラ」スコルポスのその両腕は、名前の首を絞めたいとでも言うように、リズミカルに開閉した。「メガトロン様がテメェを信用してようがしてなかろうが関係ねェ。俺はお前を信用しねェかんな。サイバトロンは死ぬまでサイバトロンだ。それは忘れんなよ? みたいな?」

 名前は今でこそデストロン軍に所属しているが、生まれはセイバートロン星、サイバトロンの調査員の一人だった。しかし以前認識回路を破壊され、そのままデストロンのデータを上書きされたのだ。そして、スコルポスはその事を指している。以前ライノックスをデストロンにした時は彼が反旗を翻した為、その事も彼の頭にあるのだろう。名前は結局のところデストロンの仲間ではないのだ。
「――別に信用して欲しいなんて言ってないわよ」
「あぁ?」
 スコルポスはビーストウォーズに参加しているトランスフォーマーの中では確かに小柄だったが、それでも名前よりは一回り以上大きい。その彼に上から見下ろされ、凄まれると、今は同じ陣営に属していると言っても少々怖いような気もした。
「疑うなら疑えば良いわ。でも言っておくけど、あんたがメガトロン様に忠誠を誓ってる限り、私はデストロンを裏切らないわよ」
「……あん? そりゃ一体どういう意味だ?」
 険しかったスコルポスの表情が一瞬崩れた。名前がどういう意味合いを込めて言ったのか、判断が付かなったらしい。彼の知能回路がフル稼働しているのが目に見えるようだった。彼の問い掛けには答えず、「私をデストロンにしたのはメガトロン様だってことをお忘れなく」と言えば、スコルポスは再びぎゃあぎゃあ喚き出した。この男は結局、メガトロンのことしか頭にない。「テメェが裏切った時は俺がテメェをぶっ殺してやっからな、この猪女」




 実際のところ、亡き副指揮官の言葉は的を射ていたのだ。デストロン軍は名前を信用するべきではない。今の名前は自己認識回路も正常に作動しているし、自分をデストロンの戦士だとは思っていない。
「さっきからずゥーっと俺様の方見てェ、一体何の用なんだ猪女? ぎっちょん?」
 名前のすぐ目の前に立っている蛇と蠍のフューザー戦士は、至極不思議そうに問い掛けた。この男は名前のことを元サイバトロンと知っていても、裏切るなどとは思っていない。そして確かに名前はデストロンを裏切らない。裏切ろうとも思わない。
「猪女って呼ばないで」
「あーん? かっぺ親父だってブンブン蜂だってみーんなお前のことそう呼んでるじゃねえかぎっちょんちょん」
 名前が眉を顰めたのを見て、クイックストライクはますます不思議そうに首を傾げさせた。

[ 56/832 ]

[*prev] [next#]
[モドル]
[しおりを挟む]



×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -