無免ライダーはよく怪我をした。一般的なヒーローとしての活動がどのようなものか、名前はいまいち想像できなかったが、少なくとも彼は生傷が絶えなかった。ごく小さなものも含めれば、一日に一か所はどこかしらを怪我している。彼と出会ったばかりの頃、名前は「ヒーロー」を自分よりも格段に強い生き物だと思っていたから、その「ヒーロー」である無免ライダーに傷をつけるなんて、人間の世界は恐ろしい生き物で溢れ返っているのだとそう疑ってやまなかった。
 そう、出会ったばかりの頃の話だ。
 ヒーロー協会に所属するヒーローは、A級にB級、それからC級と三段階に分けられていた。その中でも特に強い者はS級ヒーローとなっている。怪人を倒すのは、主に上位ヒーローの役目だ。怪人の中にも強弱があるからそれを協会側で判断し告知を出し、ヒーロー達は自分の実力に合せて怪人に向かうことができるのだとか。よくできたシステムだ。一方下位のヒーローが何をしているかというと、災害ではなく人間の悪者を退治したりしている。また市民の求めに応じ、他にも様々な事をこなす。無免ライダーはその事を指して「人助け」と言ったが、名前はよく「小間使い」と揶揄した。

 無免ライダーは、C級ヒーローだった。怪人と戦ってはいけないわけではないが、彼がヒーローとして活動するのは、専らその人助けだ。
 とどのつまり、彼は弱かった。
 彼の強さは深海王の娘として生まれ、過酷な環境で生き抜いてきた名前の、その足元にも及ばなかった。おそらく、人間の平均よりは上の部類に入るだろう。しかしそれは名前達怪人を打ち倒すレベルではない。名前は自分よりも遥かに弱い相手にびくびくし、従っていたのだ。
 彼が弱いと知ったのは、恐らくこの奇妙な同居生活を初めて一、二週間が経った頃だっただろう。その事実を知った時、名前は羞恥に打ち震えた。広大な海の中では力こそが全てだった。動揺していたとはいえ、格下の相手に命乞いしたなどと、名前のプライドを圧し折るには充分だった。もっとも、未だに地上に留まり、彼の家を根城にしているのはそれが理由ではないのだが。名前自身、何故いつまでも無免ライダーの元から離れられないのか解っていなかった。

 怪我をして帰ってくる無免ライダー。当然、彼の治療を担当するのは唯一の同居人である名前に他ならなかった。無免ライダーは一人暮らしをしていたが、今はそこに名前が転がり込んでいる形になる。人間の間では、親と共に暮らすだけが生きる道ではないのだ。
 別に人間が怪人を駆逐しようとするのは勝手だが、だからと言って無免ライダーが怪我をしてまで頑張る必要はないじゃないか。
 彼の身に傷薬を塗り、湿布を貼り、包帯を巻く度に名前はそう思う。怪人退治なら強いヒーローがやるべきだし、やらせておけば良いのだ。しかし、無免ライダーは襲われている市民を放ってはおけない。相手が災害レベル“鬼”だろうと何だろうと果敢に向かっていく。助けを求める人を見捨てられないのが、無免ライダーという男なのだ。名前に手を伸ばしたのと同じように。
 終わったわよと言えば、無免ライダーはありがとうと言って、怪我の具合を確かめるかのように右肩を動かした。あんまりやると手当の意味がないというのに。無論それは無免ライダーも解っているだろうが、彼はゆっくりと二度肩を回す。ゴーグルをつけていない今、彼が僅かに目を細めたのを名前も目撃していた。
 理不尽だと思った。弱いヒーローの無免ライダーが、何故こうも怪我を負わなければならないのか。強いヒーローと考えて、例のタンクトップの男が思い出された。寒気を感じながら首を二度振る。

 人助けが俺の趣味と、無免ライダーは言った。そんな趣味捨ててしまえ。


 いつの間にか、無免ライダーは寝間着を着ていた。
「俺はもう寝るけど。名前さんはどうする?」
「……私も寝るわ」
 そっかと無免ライダーは微笑んだ。促されるままベッドに入り、その後から無免ライダーが入ってくる。補足しておくと、無免ライダーの間借りしているアパートにはベッドが一つしかない。元々無免ライダーは一人暮らしだったし、もう一つベッドを置く余裕はこの部屋にはない。必然的に同じベッドで寝ることになる。女性を床で寝かせるわけにはいかない、家主を床で寝かせるわけにはいかないという双方の意見が生んだ折衷案だった。
 普通サイズのベッドに成人した男女が寝そべるものだから、必然的にぎゅうぎゅう詰めだ。名前が壁に張り付くようにしてジッとしていると、背後から「おやすみ」と聞こえてきた。それから五分と経たない内に寝息が聞こえてくる。
 無免ライダーは風呂から上がってからというもの、ヒーローになってはどうかなどと一切言わなかった。むしろ、そんな提案をした事すら忘れているかもしれない。いつも通り無表情な壁紙を見詰めながら、名前はヒーローのことについて考えていた。怪人がヒーローなんて有り得ない。そうは思っているものの、もしもヒーローになったらと考えている時点で、既に名前の気持ちは揺らいでいる。無免ライダーはその決断を待てば良いのだから気楽なものだ。

 退屈していたのは事実だったし、自分がヒーローになれば無免ライダーがどんな風に世界を見ているのか、それを知る手掛かりになると思った。

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