超高校級のギャンブラーがモノモノマシーンに手をかけた超高校級の理由

 モノモノマシーンで色恋沙汰リングを取って欲しい、それが名前のお願いだった。珍しく彼女の方からセレスに話し掛けたと思ったら、これだ。何故自分に頼むのかと問えば、「セレスちゃんが超高校級のギャンブラーだからだよ」と返ってきた。彼女のその理論は的を射ているようで、割とそうでもない。
 確かにセレスは、自分が超高校級と称されるに相応しい腕を持っていると自負していた。あらゆるゲームは運が全てだとも思っている。しかし、モノモノマシーン、つまりガチャガチャにはギャンブラーとしての腕は関係ない。紛うことなく運が全てだ。この女子高生はギャンブラーを何か勘違いしている。
 よろしいですか、とセレスは口を開いた。
「――最初に言っておきますけれど、わたくしが超高校級のギャンブラーだからと言って、狙った景品を出せるわけではないのですよ。だってあれ、ガチャガチャですもの」
「でも、もうセレスちゃんだけが頼りなんだよ……!」
 セレスはほんの少しだけ眉を寄せた。邪気のない、彼女の表情。セレスが言わんとしていることの一ミリたりとも理解していない。どうするべきか。
 そりゃ、セレスだって大事な友達の願いを叶えてやりたいと思っている。何せ他でもない、友愛以上の念を抱いている名前のお願いだ。他の輩だったら一蹴していただろうが、相手が名前であるなら話は別だ。彼女の願いなら叶えてやりたい。それこそ、「卒業させて欲しい」という願い以外なら何でも叶えてやりたい。
 ――色恋沙汰リング、ねえ。
 セレスは脳内にそれを思い浮かべた。ハートがあしらわれた、金色の指輪。好みのデザインだったから、それなりに覚えていた。右手に付ければ恋が、左手に付ければ愛が訪れるなどとも言われている。両手に付ければ破局するのだとか。もっとも噂の如何はどうでも良かった。セレスが気にしているのは、それを欲しがっているのが名前だということだった。
 彼女が欲しがっているのは、十中八九その指輪の効力を用い、どうにかなりたい相手が居るからなのだろう。コロシアイ生活を続けているからといって、恋が芽生えないわけじゃない。むしろ、吊り橋効果でより一層情欲を掻き立てられるのかも。彼女は超高校級の男子高校生の誰と、色恋沙汰リングでどうなりたいのだろう。反吐が出そうだった。
 セレスは頭上にクエスチョンマークを浮かべながら自分を見ている名前の顔を見詰めながら、この学園の男子生徒達を思い浮かべた。皆、超高校級の才能を持っているわけだが、どうもパッとしない。彼らの中の誰かにくれてやるくらいなら、いっそ自分の手で彼女を殺してやった方がマシというものだ。
「名字さん、そんなに欲しいと言うのであれば、ご自分でモノモノマシーンに挑戦してみたら良いではありませんか」
「あー……っとね、もうやってみたんだよ」
「あら、そうでしたの。それは失礼いたしましたわ」
 名前が苦笑いを浮かべた。「もう百回近くやったんだけどねえ」
「ひゃっかい、ですか」
 セレスが鸚鵡返しにそう呟けば、再び名前が笑った。照れ臭そうなその表情は見ていてとても楽しかったが、しかし、百回とは。勝負事に負けたことのないセレスにとって、そうまで負け続けたというのは半ば信じられないことだった。というか負け過ぎだ。どれだけ色恋沙汰リングが欲しいのかと。呆れ顔で彼女を見ていたところ、「他のなら何個も手に入ってるんだけどね。男のロマン一ダースあげようか?」と言った。
 しかしやはり自分でも子供染みていると思ったのか、名前は困ったように笑った。セレスはじいと彼女の顔を見詰め続けていたが、やがて小さく溜息をついた。


 結局、セレスが折れた。彼女の願いを聞き入れてやることにしたのだ。彼女に恋、もしくは愛が訪れる指輪など渡したくはなかったが、了承した時の彼女の笑顔を見れたことで、半ばどうでもよくなってしまっていた。セレスが断っていれば、この笑顔は見られなかった筈だ。
 二人で購買部へ向かいながら、セレスは尚も念を押す。自分がやっても絶対に手に入るとは限らないから、と。
「もうセレスちゃんだけが頼りなんだよ。お願い、色恋沙汰リングを出してくれたら、何でも言う事聞くから!」
 セレスはぴたりと足を止めた。隣を歩いていた相手が急に立ち止まったからだろう、振り返った名前はひどく不思議そうにしていた。
「どしたの?」
「……名字さん、あまり――そう、安請け合いしない方が良いですわよ」
「安請け合いって! セレスちゃん、私本気だからね! セレスちゃんが取ってくれたら何でもしちゃうんだから! ロイヤルミルクティーでもレモンティーでも何でも淹れるし、肩も揉むし、えーと……」
 うんうんと頭を捻っている彼女は、恐らく頭が良い方ではないのだろう。セレスは彼女の持つ人間性に惹かれていたが、それは彼女が頭が良いからではなく、ともすれば超高校級の才能を持っているからでもない。セレスは微笑を浮かべた。「そういうことではございませんわ」
「よからぬ事を考える輩もいらっしゃいますのよ。おわかりですか?」
 名前がぱっと顔を輝かせた。
「そんなの! だって、セレスちゃんが私にヨカラヌコト、するわけないじゃん」
 けらけらと笑う名前に、セレスは再び小さな溜息をついた。人を信頼する事は確かに美徳だが、信用され過ぎているのも困りものだ。セレスが歩き出し、「解っているのなら良いんですの」と言えば、名前は笑いながら頷いた。

 二人で購買部に足を踏み入れ、モノモノマシーンの前に立つ。カプセルが入っている場所と、カプセル自体は透明な為、どこに何があるのかを把握することは不可能ではないのだが、例え場所が解っていても狙ったカプセルを出せるかと言われると、流石に超高校級のギャンブラーであっても自信がない。
「名字さん、色恋沙汰リングは一つも持っていないのでしたわね?」
「うん、そうだよ」
「それでしたら、今持っているメダルを全てお入れになって下さいな」
 目を白黒させている名前に、この機械はメダルを入れる枚数が多ければ多いほど景品が被る率が下がるのだと説明した。感心している彼女は、取り付けられている説明文を読まなかったのだろうか。彼女が持っていたメダルはさほど多くはなく――どうやら百回近くこれに挑んだのは確からしい――あまり確率は変わらなかった。
「ルールを知っておくことは、勝利を掴む上で重要なファクターですわよ」
 覚えておいてくださいねと言えば、名前は嬉しそうに笑った。


 名前が持っていたメダルを全て注ぎ込んだのが功を成したのか、それとも超高校級のギャンブラーとしての運が冴え渡ったのか、セレスが回したモノモノマシーンは狙い通り色恋沙汰リングを吐き出した。その時の名前の嬉しそうな顔ときたら。セレスちゃんありがとう、と何度も礼を言う名前は、本当に幸せそうだった。まあ、彼女が男子の誰かを想ってそれを嵌めるくらいは、許容してやるべきかもしれない。こんなちゃちな指輪一つで、何がどうなるわけでもないじゃないか。
 セレスが自分を納得させていると、にこにこ顔の名前が、カプセルから取り出した指輪を持ったまま、セレスの方を見ていた。
「はいこれ、セレスちゃんに」
「……はい?」
 目を瞬かせる。彼女が何を言っているのか、いくらセレスでも瞬間的に理解することはできなかった。彼女は何故、手にしたばかりの色恋沙汰リングを私へ向けているのだろう?
「セレスちゃんにあげたかったんだよ。それなのに全然出なくって。結局セレスちゃんに頼ることになっちゃった」
「……呆れましたわ。あげる本人に出させるって、どういうことですの」
 セレスがそう言えば、名前は頬を膨らませる。「だってだって、この指輪、セレスちゃんに絶対似合うと思ったんだもん」
 あれこれ理由を並べ立てていく名前を見ながら、セレスは頬を緩ませる。先程までただの輪っかでしかなかったその指輪は、今や名前の手の中で一際輝いているようだった。これほど素晴らしい指輪は、この世に二つと存在しないに違いない。

「そう言えば名字さん、わたくしが色恋沙汰リングをあなたに渡せば、何でも言うことを聞いてくれるんでしたわね」
 にっこりと笑ってそう言えば、名前の方も顔をぱっと明るくさせた。この子はころころと表情を変えるから、一緒に居て退屈するということがない。
「うん!」
「でしたら名字さん、その指輪、あなたが自らわたくしの指に嵌めてくださる?」
 微笑みと共に左手を差し出せば、名前はきょとんとセレスを見遣った。おそらく、そんな簡単な事で良いのかと問いたいのだろう。
「そんな簡単な事で良いの?」
 想像通りの言葉に、セレスはますます笑みを深くさせた。もしかすると、彼女はこの指輪についての謂れを知らないのかもしれない。ただただ可愛い指輪だ、セレスちゃんに似合うかもしれないと、そう思ったのかもしれない。説明書きも読まない彼女のことだから、有り得ない想像ではないのではないか。セレスはにっこりと笑った。「ええ。あなたからでないと意味がありませんの」

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