攻撃力100

 俗に言う「彼氏」である徳川くんは、根っからのツンデレだと思う。
 品行方正を人にしたかのような徳川くんが、男女交際などという行為に手を染めるのかという問いは、全くもって尤もであり、同時にひどく無意味な質問だろう。だってこの人、私の告白受けて「別に私も嫌いなわけではない」とはっきり言っ――あれこれ別に付き合ってなくね? 私が一方的に付き纏ってるだけじゃね? ただの痛い女じゃね? っべー。まあウン、私も「好きです付き合ってください!」なんてどこぞの少女漫画に出てきそうなコクハクをしたのではなく、「ほんとに? ほんとに期末の面倒見てくれんの? 徳川くん天使か何かなの? もう何なのどんだけ良い男なの好きです!」と冗談交じり――もとい八割方冗談のような口調で言ったわけで、そりゃ彼だって「まあ俺も好きか嫌いかって言われたら好きかな〜」という風に答えるに決まっている。ついでに言えば、そこそこ真面目でそこそこ不真面目な私と、生真面目の塊のような徳川くんは、別に仲が悪いわけじゃない。むしろ良い方だろう。何故だかは知らん。それに、付き纏っていたと言っても、別にいきなり腕を組んで歩き出したとか、「もー、ダーリンったら私以外の女に構わないでよ!」なんて彼女面していたわけではないわけだし、問題はないだろう。そしてまあ、ここまで言えば解るだろうけれども。冒頭の「俗に言う彼氏」のくだりは全て――いや、九割くらいジョークだった。塩中ジョークだった。騙された人は挙手。
 徳川くんは彼氏などではなくただの同級生で、私も彼女などではなくただの同級生だった。もっとも、私が彼に好感を――友達としての好意を――抱いているのは確かだし、徳川くんの方も私を嫌っていないことも事実なのだろう。彼は簡単にノーと言える男である。例え冗談にしたって、私に気を遣って「嫌いじゃない」なんて言えるような、そんな甲斐性のある男ではないのだ。
 新発売のポッキーを咥えながら、世界史の教科書と向き合う。夏を意識したのか、塩スイカ味などという馬鹿げた名称のそれはそこそこ美味しかった。ポッキーだと思わなければ。だいたい何が楽しくてゲルマン民族の大移動やら、紅茶事件やらを覚えなければならないのだ。馬鹿か。統一だの植民地支配だの勝手にやってろ。頭も良い、面倒見も良い、成績も良い、そんな徳川くんは私が眉間に皺を寄せながらワークに取り組むのに付き合ってくれている。彼は最初の内は勉強中に貸を貪るなどとは何事だと叱ろうとしていたが、その口にもポッキーを突っ込んでやればもう何も言わなくなった。これぞ共犯である。イエス。

「徳川くんてさー、ツンデレだよね」
「ツンデレ?」

 はい生徒会副会長の口から「ツンデレ」頂きましたー。皆の者褒め称えろ。ポッキー三箱寄越せ。普通ので良い。オタク寄りの私やその友達が言うのならともかく、徳川くんの口から放たれる「ツンデレ」は非常に攻撃力が高かった。死にそう。こう、自分がいかに汚れているのかを思い知らされたような感じがして死にそう。ライフ半分くらい減った。ポッキーで回復するかと再び箱に手を伸ばせば、一つ目の小袋は空になっていた。おい副会長様が遠慮なく私のポッキー食べてるぞ。どういう事だ。別に良いけど。新しい袋を開けながらふと徳川くんを見れば、彼は私の手元をじっと見ていて、何も言わず彼の口にもポッキーを突っ込んでやった。ぽりぽりぽり。徳川くんの口に薄赤色の棒が消えていくその様はいやに新鮮だった。この人、お菓子とか食べるんだな。
 ツンデレについて掻い摘んで説明すれば、徳川くんは「名字と居ると妙な知識ばかり増えていく」と苦笑した。私が彼に何かを教えることができるのか。妙な感動を覚え、私も少しだけ笑った。

「面倒見は良いくせにさ、みんなの世話を焼いてやろうとはしないでしょ? あ、非難してるわけじゃなくてね。二人きりだとあれこれしてくれるくせに、他の人と居る時はばっさり切り捨てるじゃない。そういう所がツンデレっぽいなーって」
「私は別に、誰彼構わず相手をしてやるようなお人好しじゃないぞ」
「知ってるよ」

 他のクラスメイトが居ない今は、こうして勉強の面倒見てくれるのにね。徳川くん、私が苦手としているのは世界史だけではないのだよ。知ってるだろうけど。数学のワークはまだ手付かずだし、そもそも方程式が理解できない。私は徳川先生の課外授業を必要としている。その報酬がポッキー塩スイカ味か。安い男だな。ありがたいけど。

「まあ……」
「うん?」
「当て嵌まっているんじゃないか。その、ツンデレとかいうのに。私は」
「……え、えー……そう?」
「ああ」

 私の勉強を見る傍ら、自分の分の勉強を進めていた徳川くんは、そう言ってから教科書とその他もろもろを閉じた。なんだ結局見捨てられるのか。そりゃそうか、副会長様は常に好成績をキープしているのだから、それ相応の勉強を重ねている。私なんぞに構っている暇なんて本当は無いのだ。悪い事をした。心中で反省していれば、徳川くんは再びポッキーに手を伸ばした。徳川くんそれ気に入ったの? やるよ? 全部やるよ?

「そろそろ会議なんでな。テスト期間だから、早く終わるとは思うが……名字、どうせまだ居るんだろう? 世界史だけでも終わらせておくといい。教科書を読めば答えは解るだろう。数学は私が教えてやるから」
「あ、うん」
「じゃあ、また後でな」

 さっさと出て行ってしまった徳川くんの背を、ぼんやり見送る。嘘から出た真とはこういう事なのか、もしかして。私は「ツンデレ」を、「好きな人の二人きりの時にだけ甘えた表情を見せること」と説明した。思い返してみれば、先程の徳川くんは妙に緊張した面持ちだった。それを証明しているかのように、手を伸ばした先のポッキーは既に空になっている。あいつどんだけ食べてんだよ。それじゃあつまり、そういう事、なのだろうか? もしそうだとしたら――別に何ともないな、うん。
 ただ、彼が常日頃から男女交際を是としているとは思えない。私達はまだ中学生だし、今年は受験生でもある。それとも健全な仲を保っていればOKということなのだろうか。私、ブーメラン突き刺さってる人はあんまり好きじゃないんだけどな。ツンデレは好きだけども。べ、別にお前の為に試験勉強付き合ってやってるわけじゃないんだからね! 人に教えるのは自分の勉強にもなるからやってやってるだけなんだからね! やべえそれに似た台詞をつい一時間くらい前に聞いたわ。どうしよう。ともかくも私は世界史のワークを埋め、訳の解らん二次方程式に頭を捻らせ、帰ってくるだろう徳川くんに何と言えば良いのかを考えなければならないらしい。課題が一つ増えている。

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